限界を突破して 自分の生きたい人生を手にいれるためのメソッドをお伝えしていきます。

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H博士の哲学

ことし5月中旬に福岡で対談した東晃史博士が、
関係諸機関向けに論文解説HPを開設しました。


----
東晃史Higashi Akifumi(phD-Tokyo.univ.)
学歴//東北大学・理学部・生物学科卒業//東京大学・理学系大学院
・修士・博士課程修了//理学博士

職歴//東京大学・医学部・生理学教室・助手//岡崎国立生理学研究所
・研究員//定年後に、独自で、“生命科学の統一理論”
(=“自我や意識”を、定量的に導入した、生命科学の手法)を創造。
----


未発表のオリジナル論文用に未知の言語構築から
はじまっていますので、


完全に理解するのはたいへん難しい内容ですが、
博士の哲学概念が少しでも皆さんに伝わればと、
思います。



「生命科学の統一理論」
https://higashiakifumi.wixsite.com/ishikinokagaku




以下HPより抜粋


【西欧の“分子生物学”では、目に見えない、
“自我や意識”の存在を、“無視した生命科学”である。

これに対して、
“自我や意識”の存在を、“可視化する”オリジナルによって、
“定量的に表現する”と、“生命観や宇宙観”、
および、“医療・技術”も、格段に、“進歩する”ことが分かる。】



論文の概要

「1部」=「“今現在”とは“瞬間”か、それとも“一生涯”か?」
を解決する「“3階層の観測者”を繋ぐ、“時計のモデル”
(“空間量子”に基づく、“1個の文字盤”と“複数の目盛”)」

「2部」=「“リチャード・P・ファインマンの仮想実験”から推定できる
“自然界の多様な相互関係”(約40例を提示)」



「“2種類の論文”で示した“内容”」は、
「“義務教育や大学教育”などで、全く、“教育されない内容”」で、


「インターネットで検索しても、“全く、ピック・アップされない内容”の、
“知識や情報”(=オリジナル)」なので、

「“意識”に関与する、“人間の行為や思想”の、“正当性や邪悪性”の、
“問題”」は、「宇宙における、“自然界の倫理”に、“照らしてみる”」しか、
「“方法はない”」わけです。


「“人間世界の倫理”は、“権力者が決める”」ので、
「“時代とともに、変化する”」わけです。


本当に、「“宇宙における”、“自然界の、絶対的な倫理”が、存在するのか?」
については、

「“意識の具体像”が、“科学的に明確”に成って、“初めて、考察できる”」
ように成ります。

「“この論文”を読んで、“自分で、考察する”しか、“方法はない”」でしょう。



「生命科学の統一理論」
https://higashiakifumi.wixsite.com/ishikinokagaku





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すべての未来は現在の中に存在する

<お断り>
この記事は、メインブログで、2011年4月に公開したものを
新しく読者になってくれた方にお読みいただくことによって、
より深く理解いただくために加筆訂正して再公開してます。






おとついの記事で

「時間は、未来から現在、現在から過去に流れている」
http://daizo4348.blog.fc2.com/blog-entry-1250.html
という話をしましたが、




これをさらに厳密に表現すると、

「情報空間においては、すべての未来も過去も、
現在と同時に存在している」

ということができます。



このことについては、治療のときにクライアントさんにも
よく話していることです。

また、このブログの記事コメント欄に寄せられた質問に対しても
同じような内容の回答をすることがありますし、

「元旦はゴール」という限定記事の中でも
触れています。
http://ameblo.jp/daizouk/entry-10754585066.html




この世界観は、中国天台宗の開祖がいうところの

「一念三千」

に通じています。



一念とは瞬間瞬間の心のことであり、三千とは現在、過去、未来の
すべての現象、働きを意味する三千の諸法のことを指します。




簡単にいうと、


一念の心に

「現在・過去・未来」

という時間的な広がり、


「ここ・あそこ」

という空間的な広がりを持ったすべての世界があるという考え方です。





この一念三千の世界観は、
星空をイメージすると分かりやすいかもしれません。



夜空を見上げると、無数の星が輝いているのを見ることができます。

そのひとつの恒星Aは、百万光年も離れた場所に存在しています。



あるときその恒星Aが爆発して、消滅したとします。
その爆発の光が地球に暮らす私たちに届くのは、百万光年の未来になる
わけです。



地球という惑星上に束縛されている限りは、恒星Aが爆発して消滅する
ことは未来の情報になるのです。


しかし、実際には、今この瞬間に恒星Aは爆発をしているわけです。




もし、私たちが地球の束縛を離れて、宇宙全体を見渡すことができる
俯瞰的な目をを持つことができれば、


本来ならば百万光年に認識する

「あの星は爆発した」

という未来の情報を、今この瞬間に認識することができるのです。





この宇宙全体を見渡すような俯瞰的な視点を持つことを、

「抽象度を上げる」

といいます。



抽象度とは、情報空間における視点の高さのことです。

情報空間とは私たちの脳や心に存在するさまざまな概念が作っている空間
のことです。



抽象度を上げていけば、より多くの情報にアクセスすることができる
ようになります。




たとえば、あなたが住んでいる場所を例に考えてみましょう。


あなたが住んでいる

「○○町」

という概念は、

「○○県」⇒「日本」⇒「アジア」⇒「地球」

という順番に抽象度を高めていくことができます。

「○○町」しか見えていない人(抽象度が低い人)には、
日本全体やアジア全体を見渡すことができません。




しかし、

「地球人である自分」

まで抽象度を高めることができれば、自分が住んでいる町だけでなくて、

日本のこと、アジアのことも認識できるし、さらにはヨーロッパや
アメリカ、アフリカなど自分が住んでいない場所の情報にもアクセス
できるようになるわけです。



なぜかというと、「地球」という情報には、あなたが住んでいる
「○○町」はもちろん、「○○県」や「△△県」などの日本内の各県、
「日本」「中国」「韓国」などの各国々、

さらには「アジア」「ヨーロッパ」「アメリカ」「アフリカ」などの
各地域といった

「地球」よりも抽象度の低い情報をすべて含んでいるからです。


抽象度を上げてものを見ると、自分が知らない情報、見えない情報も
認識できるようになります。




さきほどの恒星の例でいえば、物理空間においては百万年後に
認識する未来も、情報空間において抽象度を高めることができれば

「現在起こっていること」

として認識できます。



それゆえ
「情報空間においては、過去も未来も現在も同時に存在する」
ということができるのです。

現在の中に未来をみる

<お断り>
この記事は、メインブログで、2011年に公開したものを
新しく読者になってくれた方にお読みいただくことによって、
より深く理解いただくために加筆訂正して再公開してます。
予めご了承ください。




 

未来から現在を見つめると、
自分が思い描いた未来につながる情報や未来の実現を妨げる情報が
現状の世界の中から立ち上がってきます。



最近、小学校の生徒に未来の自分から今の自分に宛てた手紙を
書かせるということがよく行われていますが、




これは、

「今まさに起こっている出来事を正しく見る」

ことであり、

「現在にある未来を見出す」

ことにつながります。



未来の視点から得ることができる情報こそが、現在と未来をつなぐ
架け橋になるからです。




多くの人が

「過去の認識から現在を認識している」

という誤りを犯しています。



これは、過去を「因」、現在や未来を「果」とみなしていることで、

つまり

「時間は過去から現在、未来へと流れている」

という時間因果に囚われていることに他なりません。



でも、そうではありません。


「時間は未来から現在、過去に向かって流れている」

のです。

つまり、未来が「因」であって、過去が「果」なのです。



そもそも

「時間は、過去から未来に流れている」という時間観は、西洋の古典的な時間観
にすぎません。

これは、創造主である絶対神がビッグバンを引き起こして、宇宙を創造したこと
からすべてがはじまって、そのはじまりから次々と玉突き的に因果が起こって
現在が生まれ、そして未来へつながっていくという考え方にあります。


そう考えないと、神という創造主の存在を肯定できないからで、つまり絶対的なもの
ではありません。



しかし、多くの人はその時間観に洗脳されているため、現在や未来のことを
考えるときに過去の記憶を基準にしてしまっています。



たとえば、


「同僚から抜きん出てスピード出世ができたのは、
仕事で頑張って働いたおかげだ」

「超難関の有名大学に合格できたのは、一生懸命に勉強したおかげだ」

「幸せな家庭を築くことができたのは、彼女と結婚したおかげだ」

「子供が交通事故で亡くなったのは、過去の行いが悪かったせいだ」


という発想です。



しかし、過去が「因」で、現在が「果」だとする因果関係には、
論理的な矛盾があります。


スピード出世ができたのは、上司に気に入られたからかもしれません。

超難関大学に合格できたのは、ほかの受験者の成績がたまたま悪かっただけ
かもしれません。

幸せな家庭を築くことができたのは、あなたの仕事が安定しているから
かもしれないのです。

子供が交通事故で亡くなったのは、車が信号無視して交差点に入ってきたから
かもしれません。



 
Aという現在と、Bという過去があり、

「Bのおかげで、Aになっている」

という因果関係は、現在のあなたが勝手に想像しただけのものです。

もしかしたら、Cという過去のおかげかもしれないし、Dという過去の
おかげかもしれない。あらゆる可能性の中から、現在のあなたが選択し、
因果関係を作っているだけなのです。



つまり、すべては現在のあなたの認識しだいであって、実際には現在の
認識が「因」で、過去の出来事は「果」というわけなのです。


過去とは、
「過ぎ去ってしまった、変えることのできない出来事」ではありません。


それは、
「その人の記憶の中にある、起こった出来事に対する現在の解釈」です。


ですから、まったく同じ出来事でも、現在や未来から見た評価によって、
過去はいくらでも書き換えることが可能で、まったく違ったものになる
というわけです。




現在の認識によっていくらでも形を変える“不たしかな”過去を基準に
しても、当然正しく現在の状況を分析したり、未来を予見することはできません。


だからこそ、未来からの視点が必要なのです。



繰り返しになりますが、私は

「時間は、未来から現在、現在から過去に流れている」

と考えています。



そう考えると、

現在地を知って(気づく)、現状を受け入れて分析(理解を深める)ことで、
手放す(受け入れて、現在地から出る)ことが出来るようにもなります。




未来から現在、過去に流れている時間観においては、
未来が「因」であり、現在や過去は「果」です。



未来を「因」とするためにも、
「未来はすでに起こっている」と考えることが必要です。



未来がすでに起こっているとイメージできれば、
その未来に基付いて、現在や過去の認識もとうぜん変わります。
目の前の世界から、未来につながる兆しも見えてくるはずです。


なので具体的に現実を変えたいときは、
未来のゴールをよりリアルにイメージして臨場感を高めればいいわけです。




ちなみに未来から過去へ流れるという時間観は、
古くは釈迦の思想を研究するグループであるアビダルマの仏教哲学者が
主張していますし、現在では、最先端の現代分析哲学の時間理論でも
同様な主張がなされています。



現在という結果を正しく認識するには、原因である未来から見つめる必要が
あるのです。





(参照文献)
とてつもない未来を引き寄せる予見力/苫米地英人著(徳間書店)

『破壊』と『創造』というと

5月12日に新しい事務所に引っ越してきて、
1ヶ月が経とうとしてますが、
環境は快適で仕事の効率もかなり上がっています。



そこで、
コーチング生向けの合同勉強会を行ったときのこと。





新しい行動指針を決めたにもかかわらず、
なかなか継続できない現状について分析してもらうために、



私がこれまで送ってきた人生体験を基にしながら、

新しい何かを『創造』するには『破壊』が必要だということ、
またそこでは何らかの痛みが伴うことを伝えました。






『破壊』と『創造』というと、

自分の人生を完全に破壊して、
全く新しい人間に生まれ変わんなくちゃならないの?

そんな恐ろしいイメージが浮かぶかもしれません。




しかし実際はそうではなくて、
たとえば、


畑に種を植えてそれを芽吹かせるためには、
前のシーズンに成長した作物を全て刈り取って、
また土作りからはじめるのと同じように、


より豊かな人生を創造するためには、
これまでの生き方や価値観をいったん0ゼロにして、
新しい種を撒いて育て始める感じです。




「国破れて山河あり」という言葉があるように、
そのとき視界には、
さわやかで今まで見えていなかった景色が広がります。




だからこそ、
傷みが伴っても、『破壊』を徹底して行うことで、
新たな土壌で、
もっと豊かな人生が『創造』できるようになるのです。



この土壌というのは環境と言い換えることもできます。





一方で、
住み慣れた環境から外へ出ることが難しいのも事実です。


その理由は、
危険を冒さずに現状維持を続けて安全を保とうとする
生命機能がホメオスタシスレベルで働いてしまうためです。



なので、
創造するために新しい行動を起こすよりも現状の維持を
選ぶのは当たり前でもあります。




ヒンドゥ教に代表されるインド哲学には、

『創造』『維持』『破壊』

という3つの概念があることに触れて、


左脳系スピリチュアルの金山慶允(サトリ)さんは、

『破壊者であれ』という記事で、
http://ameblo.jp/sanoukei/entry-11688826156.html

『破壊』の重要性について親切に解説されていますので、
是非読んでみてもらえたらと思います。



自分がいま、創造、維持、破壊のどの位置にいるのかを、
はっきり認識する必要性も理解できるようになるはずです。

量子場を意識の中に出現させる

※この記事は、2012年6月7日に、メインブログで、公開した記事を加筆訂正したものです。







物理学の研究によって、
真空状態では様々な驚くべき現象が起こることが、
わかっています。


あらゆる摩擦が消え、
すべての電磁波が完全に調和した状態になった瞬間に
「量子場」は生み出されます。


つまり「空」をとらえた瞬間に出現する「量子場」では、
真空の状態で摩擦が存在しないために、
あらゆることが何の前触れもなく瞬時に起こります。


EPSON のコピー
 「量子絵画 No.1」(2001 油彩 作家蔵)



さて、私が描いたこの絵のなかで起こっていることは、

何の前触れもなく目の前に置かれたカップが倒れて、
テーブルからコーヒーがこぼれ落ちるのを女性が見つめている瞬間
の様子です。


これは、
マイケル・ジャクソンの「ストレンジャー イン モスクワ」
という曲の特殊撮影によるPVのワンシーンなのですが、

当時、毎日のように瞑想を行って
作品のインスピレーションを得ていたわたしが、


この映像を観ながら発想したことは、
「空」という超伝導の状態を利用すると、


モスクワであろうが、パリであろうが、
非常に遠いところにでも瞬時に情報を送れるということです。




画面を静かに流れていくストーリーとは直接関係ありませんが、
時空を越える感覚というのをリアルに感じた初めての瞬間だった
ように記憶しています。




現代の天文学では、もしわたし達が宇宙のある一転に刺激を与えると、
その刺激が瞬時に宇宙の反対側の地点に伝わるとも言われています。


そのとき、時間や空間は消失してしまいます。

わたしが普段いる岡山の事務所サロン(非公開)にいらした方は、
何の変哲もない1階にある奥の一室のドアが開いた瞬間に、
時空のゆがみ(ゆらぎ)を感じたとおっしゃいます。

最近、聞いた言葉では、「まったり」と言うのでしょうか。



真空の状態には重力が存在しませんから、
量子場ではニュートン力学の法則がまったく通用しなくなり、
代わりに多くの可能性のドアが開かれています。


そこでは、事実何もかもが予想外のふるまいをします。
しかも、そこではどんなことでも起こせるのです。

これは、オカルトに利用される以前の科学的な話です。



真空は何らかの方法によってわたし達の「意図」を知ります。
また、
それに対して即座に反応するということが分かってきています。



物理の研究者が真空状態の中に何かを発見したいと思うと、

その通りのものが発見できるのは、
あなたが素粒子のことをちょっと勉強したいと思えば情報は
勝手にやってくるのと似ています。



つまり真空状態は主観的な意図に反応するわけです。

この発見から導き出された結論が、
「真空状態の空間には意識が存在する」

というものであることは、
宇宙が意識をもっていることにつながっています。


そして、
当然わたしもあなたも宇宙と同じ意識を感じながら生きています。





この量子物理学における現象と同じ現象が、
わたし達の脳や神経系統の中でも起こっていると考えてみます。


意識は「空」に入ると、そこには真空状態が生まれます。

すると、そのことによって電磁場の位相が変わり、脳と神経系統は
超伝導で機能し始めます。



脳内の電磁場は非常にコヒーレントな、
つまり摩擦のない状態になって、ガンマ波が活発になります。


脳や神経系統、肉体などから摩擦やストレスが取り除かれると、
ストレスによって起こる妨害や歪曲がなくなるため、全身が超伝導の
ようになるのです。



このような状態にある肉体は即座にその通りのことができます。

マスターやヨギ達が、重力の法則からは考えられないような現象
を起こしたという話は数多く伝えられている理由は、

彼らが「量子場の意識」を理解し、
その意識を操る能力を発達させていたのだと考えられます。



テーマに沿って進めましょう。

優れた効果を出したければ体全体からストレスを取り除く必要があります。

練習を積んで、瞑想反応をうまく引き出せるようになれば、
それだけストレスも効果的に取り除かれます。



そのとき、わたし達の意識や体は悟りに近づき、驚異的な能力を発揮できる
ようになります。




「能望」を倍音を伴う大量高速で唱えたり、
「大回転」伝授 
(参考:「宇宙の創造主」と「自分」は「同じ」という感覚も始めて経験できました。
を行ったときにも生じるガンマ波では、

脳細胞がすべて活性化され、
通常では考えられないコヒーレントな磁場が生成されます。


そのとき脳は極めて高度で洗練された機能を果たせるようになります。


このときの意識は宇宙の中で起こっているすべてのことを認識でき、
宇宙を統一しているさまざまな自然法則や仕組みをはっきりと認識して、

心を用いてそれらを自由にコントロールすることもできます。



瞑想中、精神はとてもおおきな物質的宇宙から原子核にいたるまで、
認識のあらゆるフィールドを探索できることを覚えておいてください。


意識は「空」に達すると、
無限の状態になります。その状態にある意識に限界はなく、
無限の可能性があるのです。

宇宙の気(陰陽の法則)を感じて仕事をする時代です

※この記事は、2012年6月4日に、メインブログで、公開した記事を加筆訂正したものです。







自分やまわりの人が、
幸せに働くために大切なことを考えてみた場合、



宇宙には、
紛れも無い大きな法則が3つ存在することを
理解する必要があると思います。


1つ目は「因果の法則」、

2つ目は「陰陽の法則」、

3つ目は「調和の法則」です。



「因果の法則」や「調和の法則」については
たくさんの方がいま実感できていると思いますが、


「陰陽の法則」については
ハッキリと認識できていない人も多いのではないでしょうか。



「陰陽の法則」とは物事にはすべて陰と陽の二面がある、
その陰と陽は善悪に二元論ではなく、


一方があるからこそ他方がある、双方があって初めて物事が成り立つ
という考えです。





会計の世界でいうと、
借方と貸方の二面があるように、これはどちらがよい悪いではありません。

たとえば借方には資産、貸方には負債がありますが、
資産がよくて負債が悪いということはないのです。



負債があるから資産があるのであり、負債はイヤだからといって返済すれば、
当然その分だけ資産がなくなるわけです。



つまり、一方があるからこそ他方があるのです。

 



常に物事を二面からみる、しかもどちらがよい悪いではなくて、
一方があるからこそ他方もある、というのはたいへん重要な視点です。



経験上、何事かを成し遂げている人というのは、この視点をもっています。


何か失敗や挫折などのネガティブな事象が起きたときに、
そのネガティブな面の裏側にあるポジティブな面を同時にみています。



これは何も、無理にポジティブ思考をしろということではありません。

無理なポジティブは、逆にポジティブな面だけにとらわれることになり、
物事を二面からみることにはつながりません。




特にネガティブな感情を否定することは危険です。
善悪の価値判断を手放すことも同時に必要なのです。


大切なのは、
陰と陽の両方をあるがままにみること。中庸の精神です。

どちらかに偏ることなく、0ゼロ、ニュートラルな状態であるということです。





ある出来事に対して何かしらのことを思ったら、
常に別の一面も書き出してみるという方法があるのですが、
これはシンプルな方法ですが予想以上の効果があります。



まず紙の上に円を描き、円の上と下を逆Sの字の破線でつなぎます。

勾玉を二つ重ねたような陰陽のマークになります。



その図を描いたら、ある事象について思ったことを、
その円の一方に書き出します。


ポジティブなことを思ったときは円の左側、
ネガティブなことを思ったときは円の右側に書きます。



そうしたら、今度は何も書いていないほうに意識を向けて、
別の角度からこの事象をみたらどうなるだろうかと意識をめぐらせ、
そこで出てきたことを書き出していってみてください。




このように、陰と陽の両方の面を常にニュートラルにみていくこと、
それによってどちらかに偏ることなく自由でいられること、


これが「陰陽の法則」です。






大きな転機がやってくる前の苦しみ

※この記事は、2013年11月30日に、メインブログで、公開した記事を加筆訂正したものです。







真の成功者のほとんどは、どこかでどん底に落ち、
そこで似たような心の転機を体験しているものです。




心の転機とは、
「自分の力だけでは限界がある」という自覚であり、
まわりの人間に対する感謝の気持ちのことです。





どん底とは、
いうまでもなく自分の力ではどうにもならない状態のこと。




言い方は変なのですが、
そこでしっかり絶望し、その事実ときちんと向き合うことが必要です。


それができた人だけが、
「俺の力で」という思い上がりを消すことができます。




理屈ではなく、心の底から、

「自分の力だけでは生きられない」
「まわりの人に助けられてきた」

ということがひしひしと感じられるのです。




いままでの「自分」の枠が壊れて、
普通の人間にはなかなか持てない「感謝」という凄いパワー
がわき出てきます。





先月末にひさしぶりに体調を崩し、
多くの方にメールで見舞って頂いたときにも

これと似たようなパワーを感じました。



そのとき感じたことをこのようにお伝えさせて頂いてます。




-----
今回少し派手に体調を崩したお陰で、
痛みというものに対する新たな発見を得ることができました。


それは、痛みを感じる身体は、
細胞レベルでの生まれ変わりを欲しているという気付きです。

そのこと自体は、いいか悪いかは難しい問題ですが、
自我を越えた意識の発展は永遠に生成しているようです。



目の前で起こるすべてのことに感謝できることの喜びは
格別なものです。


空を感じることは、決して悲観的なものでなく、
あらゆる可能性を感じる意識のベースとなります。

歓喜はいたるところに存在しているようです。
-----






以下は返信内容の転載

-----
お身体大変でしたね。もう良いのですか?

細肪レベルでの生まれ変わりですか?
病気もあらゆる可能性を感じる「空」ですね。


瞑想の時、六大を心で唱え、青紫が出てこないかな?
と楽しみにしています。時どき、出てくる気がします。



今、エックハルト・トールの本読んでますが、

ほんと時間のない「いまここ」に生きていると、
人生の状況に関係なく、心の底にある平安、喜び、愛が感じられ


小林さんの言われるように、
歓喜はいたるところに存在していることが、分かります。



この世は幻想、空であること、
自分が全てと繋がり、自分も無(空)であることいつも実感していたいです。

-----

転載終了





同じエネルギーの作用と反作用として、
すべてが関係して連動し合っていることを理解できる瞬間は、
常に誰にでもやってきているものです。



そのとき、
自分という存在もその一部分として生かされていることに
気づけるかどうかは、


どん底にいるときの絶望や無気力があるお陰で、
健康なときの好調ややる気が存在するということを意識の上で
覚えておくことです。



感謝という豊かさも、
生命の生成発展という自然なリズムに沿って生じています。

すべてを学んで何も信じない

※この記事は、2013年10月09日に、メインブログで、公開した記事を加筆訂正したものです。






自分の知識と経験を使って本来の自分に近づくのに、
何かを信じているかどうかは関係ありません。




人生とは一見、
足し算のように見えて引き算による乗数のような気がするのは
わたしだけではないと思う。


のですが、いかがでしょう?




仮に今の人生がマイナスに感じていようとも、
その-(マイナス)いくらを掛け合わすと、


足し算によって積み上げた今の人生よりも
飛躍的に高い位置に到達することもできます。





記号情報というのは右脳によって生成され、
デジタル情報に変換するすれば、
1秒で400億ビットにおよぶ可能性があります。



それを左脳の1秒に七(プラスマイナス2)ビットと
比較してみて下さい。



中にはもう少し寛大な研究者もいて、
1秒40ビットだとも言われていますが、大勢に影響はありません。




たとえば、
能望真言(マントラ)を唱えることも27語の記号情報を、
1秒毎に生成していると思っていいのです。



100日で100万回唱えた場合、
計算上は1日にあたり400兆ビットに達します。





ちょうどわたしが、去年新神戸のホテルのラウンジで、
リンパ腫を右脇の下にかかえる女性を透視して、


その状態が改善され元の健全な細胞内分子秩序に変換
した後の3次元ホノグラムを同じ疾患部位に被せたイメージを
クリエーションしたのと同じように、


一見ナンセンスなデータははるかに多くの情報をもっている
可能性があるわけですから、

注目しておくといいということです。




自分の周囲で、内部で、また自分を通して何かが起き始めるまで、
自分が知っていることに気づかないものです。





つまり、
――経験して初めてわかるわけです。


そうすれば、自分が知っていると気づきます。



これは、グノーシス主義の
「我知る」と「我思う」に対する「わたしにはわからない(前は知ってた……かも)」
の違いです。




知ることは考えることとなんの関係もなく、
心の中にあって心で感じるもので、


仮にわたしが今、
意識的な考えをたとえ短時間でもストップさせることができたら、
ハートチャクラの生命場が主導権を握ると信じています。



心の知恵は右脳の1秒あたり400億ビットの情報に直結している
と思っています。



というわけでこの理論に基づけば、なるべく考えないようにすれば、
結果はそれだけパワフルになるわけです。

ナートマン瞑想で、自分や世界を自由にコントロールする

※この記事は、2012年11月03日に、メインブログで、公開した記事を加筆訂正したものです。







一般に仏陀といえば、
仏教の開祖である釈迦の異名、尊称として知られていますが、


本来これは古代インドの言葉であるサンスクリット語の「ブッダ」
を漢語にしたもので、「目覚めた人」という意味を持っています。



何に目覚めるのか?
この世の真理に、です。




真理に目覚めることを、別の言葉では「悟り」を開くともいいます。
つまり悟りを開けば、理論上は誰でも仏陀になれるということです。



そして、仏陀になった人間は、死んでももう生まれ変わることはなく、
久遠の安らぎに満ちた世界へ行けると、仏教は説いています。



これを、転生の連鎖=輪廻転生から脱するという意味で、

「解脱」と呼び、

解脱を果たすことによって得られる安らぎの境地のことを
「涅槃(ニルウ゛ァーナ)といいます。






また、人間がどれだけ輪廻転生を繰り返しても常に続くもの。


人間の肉体の生滅にかかわらず、未来永劫変わらない、
永遠不変の存在と考えることをアートマンといい、



アートマンは、
バラモン教におけるもっとも重要な概念のひとつで、
宇宙の根本原理であるブラフマンと対になる存在であり、
よく「真我」と訳されます。



釈迦はこのアートマンを否定し、
人間の自我は永遠不滅の存在ではなく、雲のように変化しつづける
という「非我(ナートマン)」の思想を説きました。


だからこそナートマン瞑想は、仏教の基本となっているのです。




ナートマンは「自我が存在していない」と言っているのではありません。

「自我は存在している、しかし変化し流転するものとしてある」、
つまり「あるともいえるし、ないともいえる」と言っているのです。





ナートマン瞑想とは、つまり、自我を離れる空の瞑想なわけです。

自我を脱却すれば、スコトーマが外れて情報空間の場の因果関係を、
自由自在に見ることができるようになれ、


情報場をコントロールすることによって、
これまでと違う情報因果を選ぶことができれば、自分や世界のあり方
を変えることができるようになります。




(参考文献)
思うままに夢がかなう 超瞑想法/コグニティブリサーチラボ株式会社

時間が流れるように感じるのは刷り込みにすぎない

※この記事は、2013年12月12日に、メインブログで、
公開した記事を加筆訂正したものです。







たとえば気功の遠隔治療のように、

離れた場所にあっても互いに影響しあう非局在的な知覚
に対する理解を深めるためには、


時空の本質に、
自分自身を同調させ、時間についての認識を超越する必要
があります。



アインシュタインの一般相対性理論の根幹は、
空間と時間が切り離されておらず、時空が組み合わさった
ものであるとされています。



空間が存在するということは、

時空が存在することであり、
時間も同様に存在することを意味しているわけです。



つまり、
時間が流れるという認識は、
わたし達の脳に刷り込まれた情報によって、
そう解釈しているにすぎません。




時空を超越した、
個人や集合体だけでなく宇宙全体にわたる高度な意識
をふくむ非局在的レベルでは、

自我という制限を越えて、
タイムトラベルのような経験ができるようです。





未来の出来事があたかも目の前で起きているかのように
感じられる時間の非局在性は、
さまざまな予知能力の研究によっても示されています。


予言や予感、虫の知らせといったことが、
数多く報告されていますが、

これらはすべて未来を知覚した経験を指しています。



人間の肉体は、
ショッキングな未来の状況をぼんやりと感じとっている
のかもしれません。




悪い予感がしたので予約した飛行機に乗らないことにしたら、
それが墜落したといったケースは数多くあります。



こうした感覚は意識のあるはっきりした考えとなって
あらわれるかもしれません。


あるいは意識に上ることなく、
胸騒ぎや、みぞおちあたりに感じるぼんやりとした不安といったように、
生理レベルでのみ感じられるのかもしれません。





つまり精神は時間を前へと進ませることができて、

それによって自分自身のなかに、
未来の出来事に対する反応を生み出すことができるというわけです。

自分とは何か?

※この記事は、2011年8月26日に、
公開した記事を加筆訂正したものです。






人の行動の動機をさぐっていくと、



たいがい次の二つに集約されます。



・人からバカにされたり、悪く見られたり、変に思われたくないために
本当に好きなことをしなかった。

またはその逆で“人を見返してやろう”という気持ちが行動の動機になって
いるので目的を達成したら自分が何をしてよいかわからなくなった。



・儲かるならやってみよう。

お金のかかることはやめよう。

会社のお金なら少しくらいいいか。

損しないようにうまく立ち回ろう。

いらないけどタダならとりあえずもらっておこう。




前者はコンプレックスが行動の動機。



後者は損か得かが行動の動機です。






必死で自分の内面をさぐっていくと、

「自分が本当は何がしたいのか?」

がわかっていないことに気付きます。




「なぜ嘘をつくのか?」

とさぐっていくと、この二つがウソをつく動機になっていることが
わかります。




自分に正直になると

“自分がない”

ことに気付くのです。




自分とは何か?



歴代の哲学者がこの命題に取り組んできたのは、
このような内面的プロセスを経験したからではないでしょうか?





人は自分らしくない時、自分らしい時があります。

自分らしくない時は人前で緊張したり、
人からどう見られるかを気にして、自然にふるまえない時です。



自分らしい時は、気を許せる人といっしょにいる時であったり、
一人で何かをしている時です。

その時は自分というものを意識せず、自然にふるまっています。





ここから言えることは、

自分にとらわれていない時、つまり我を忘れている時が自分だと
いうことです。




では我を忘れている最大の時はどんな時でしょう?
それは好きなことに熱中して、時がたつのも忘れている時です。




それが自分です。




 
自分があると思って自分さがしをしているうちは自分は
見つかりません。


なぜなら我を忘れた時が自分だからです。




自分とは、好きなことに熱中し、人の目を気にせずありのままに
調和の中に生きている時にあります。




大切なのは知識ではなく、答えをいかに見つけていくかという
プロセスです。そこに哲学の面白さがあります。





答えがわかって、自分の中から不自然な部分をはずして、
今していることを楽しくする工夫をしていると、毎日の一瞬一瞬が
楽しくなってきます。




そのうち、この感覚をどこかで味わった記憶がある、

と気付きました。


それは、
どこだと思いますか?



なんと、それは子どもの頃の気持ちだったのです。





一生懸命求めた幸せの本質は、大人になって身に付いたいらないモノを、
すべて脱ぎ去った自分でした。



“真理は今、ここにある”



先人たちがそういうのがわかる気がします。

非凡な会話ー「超0考察」

2017年初頭から非公開でスタートさせている
『”非凡の道”』プロジェクトの一環として、

元国立生物学研究所員であった東晃史博士に、
お話を伺うため連休明け博多へ行ってきます。



博士とは、
私が提唱する「超0」という発想に着目頂き、
以来メールでやり取りを行っていたのですが、

「西欧の科学の価値観を変える」意識を広める
という点で共通の認識を持っています。



昔は、船井幸雄 さん
(船井総研という、コンサルト会社の創設者)や、
技術出版の社長であっ た、
今となっては、故人である、元・京大卒のコンビが、
博士の独創性に目をつけて、

”当時の不完全な内容”を、ことごとく、出版・宣伝
してくれたので、

むしろ、
”東さんの社会的な信用を、無くしてしまった感じ”」
が、あります。


なので、「完全な 理論ができた」現在、
「肝心の、理解者が、この世に、存在していない」
という状況になっています。


今回の対談では、
すでに論文としても完成しているその理論について、
お聞きしようと考えてます。



東理論五部作を紹介しておくと、

Ⅰ 脳の主人 - 脳の中のブラックホール ー (南斗書房)
Ⅱ アインシュタインの悩みとファィンマンの悩みの解消に向けてーーー宇宙と意識 ー (技術出版)
Ⅲ ポスト「不確定性」文明の曙ー一日本の科学 ー (技術出版)
Ⅳ「政治権限」と「地球環境」--大脳生理学の立場から ー (技術出版)
Ⅴ「万能量子論」による「天国と地獄」の構図 ー 「太陽系」の「生理学」 ー (技術出版)


?がたくさんつきそうなタイトルばかりですよね(笑)


きょうは私と行われた対話からポイントのようなものを
掴んでもらえたらと思います。


非凡な会話ー「超0考察」
http://daizo.hippy.jp/azumaletter.pdf




とは言うものの
もともと超0療術協会の幹部向けに公開したものなんで

話してる内容がかなり専門的で
何を言ってるのかあまりよくわからないと思います。


でも理解できなくても問題ありません。
というかこれが理解できたら、変態です^一^



言霊だけでも充分に抽象度が上がりますので、
出来れば全文に目を通してもらえると嬉しいです。

非凡な会話ー「超0考察」
http://daizo.hippy.jp/azumaletter.pdf

自己実現した人はありのまま

※この記事は、2011年9月1日に、メインブログで公開した記事を加筆訂正したものです。




●自己実現した人はありのまま (再公開)


 

<お断り>
 ご紹介させていただく記事は、過去に一度公開したものを
新しく読者になっていただいた方にお読みいただくことによって、
現在公開中の記事をより深くご理解いただくために再公開しております。
予めご了承ください。





自己実現した人は、何かあったときでも、変わらないので勇ましく見えます。



自己を実現していない人は、何もない普通のときに勇ましく見せようとします。




世間は普段から勇ましく見える人を勇ましい人だと言います。




自己実現した人は、普段からふんぞりかえった人の中でも変わらないので、頭を下げて腰の低い人のように見えます。



自己実現をしていない人は、それをまねて、いつも頭を下げているような人になります。




世間はいつも頭を下げている人を見て、腰の低い偉い人だと言います。





本当の愛をわかっている人は、不幸に見える人におせっかいは焼かないものです。不幸に見える出来事は本人が選んで引き寄せています。

その問題をクリアしていくことを望んでいるのです。


私も過去に何度か経験したことのあるのでよく分かるんですが、
不幸に見える部分だけで判断して、助けてあげようとするのは、
クリアしようと願っている人の成長を摘み取っているのと同じです。





自己実現のメカニズムを知らずにいると、それぞれが自分ではない自分を演じ続けていき、そのうち演じていることさえも忘れてはまりこんでいきます。


ありのままに生きるというのは、これらすべてのことをわかったうえで、
自らの心のままに、自らを受け入れて生きるということなんです。

今の運命は過去の“想い”の産物である―後半

※この記事は、2011年8月27日に、
公開した記事を加筆訂正したものです。







●今の運命は過去の“想い”の産物である―後半 (再公開)


 

<お断り>
ご紹介させていただく記事は、過去に一度公開したものを
新しく読者になっていただいた方にお読みいただくことによって、
現在公開中の記事をより深くご理解いただくために再公開しております。
予めご了承ください。





きのうの前半記事を読んで

「ああ、自分も同じことしているかもしれないから気をつけよう」

と思ったあなたは、これから伸びる可能性があります。




しかし、

「ふーん、こんな人もいるんだ」

と思ったあなたは、どんな勉強をしても、どんなテクニックを身につけても、
真の成功は難しいかもしれません。





真に成功する人は、人の失敗からでも学び、自分にあてはめ、
自分を直していくことができます。

だから、真の成功を手に入れることができるのです。




 
世の中に起こる事件を見て、犯人を責めるのではなく、
犯人がなぜ悪を働くようになったのか?

と事件の背景を観察することが大切です。犯人が陥ったポイントを見つけ、

「自分も気をつけよう」

と自分に言い聞かせます。本来このようなことは、学校の歴史の授業で
学ばなければいけないことです。

歴史は年代を記憶するのではなくて、過去の出来事、特に失敗から
生き方を学ぶ授業なのです。





自己実現を達成する真の成功者は、どんなことからも学ぶことができる
ので、人の失敗のとばっちりを受けても相手を責めません。

「この会社の株が上がるといったから、株を買ったのにウソをつきおった」

と言わず、

「人のいう事を信じた自分が悪いのだ。欲に振り回されないようにしよう」

と失敗から学びます。





真に成功する人は事業で失敗する時、初めの動機が損得勘定になって
いることを知っています。




あなあたの周りで、いいわけや文句ばかり言っている人を観察して、
観察ノートを作ってみましょう。

するとニセモノやホンモノモドキの心の動きがわかるようになります。
そうすると自分の中のニセモノを見破ることができ、一歩成長するのです。

観察ノートのタイトルに

「人のふり見て我がふり直せ」

と書いてください。




その時、相手を責めず、

「自分を成長するきっかけを作ってくれてありがとう」

と、その相手に出会わせてくれた背後の大いなる存在に感謝をしてください。





仏教ではアラヤ識と呼ばれている“潜在意識でもより深い部分”が、
三次元に投影され、現実の世界を創り出しているといわれています。




今の自分の運命は自分が知らない本当の自分そのものです。




人はいつも、本当の自分に出会っているといえます。ですから、
自分の価値観を正していくことで素晴らしい運命になってくるのです。
大切なのは

“自分を知る”

ことです。




自分を知るには

“いやな出来事が起こった時に自分の心はどう反応するか”

を観察してノートに毎日書き留めておくのです。

すると、自分の価値観を客観的に見ることができて、自分を常に
観察する意識が芽生え、自分を上手に育てることができるように
なります。




私が指導している人たちは必ずノートを持ち、実践しています。
ノートが一冊終わる頃にはまじめにやった人は、人を許せる広い心を
もった人格に育っていきます。

“人を許して受け入れる”

これは難しいことです。その難しいことを

“愛”

と呼びます。




さあ、あなたもノートを用意して

“自分を知る”

作業をしてみましょう。




あなたが成長して人を責めない輝く人になれば世の中は
明るくなってきます。

あなたが幸せになることが世のため人のためなのです。

離れた相手をビ○ン○クンさせる方法

※この記事は、2012年4月18日に、メインブログで公開した記事を加筆訂正したものです。





量子ホログラムがヒーリング能力に関係する部分で最も重要なのは、
「非局在性」と呼ばれる量子の特性です。



量子レベルでは、
1つの同じ系を形成する2つの粒子のアクションは、
距離が離れていても同時に起こります。

たとえ、2つがどんなに離れていてもです。


もっとも、
これこそが遠隔・ヒーリングの現場で発生しているメカニズムに
他なりません。



たとえば、
難病をかかえた非局在性の情報秩序であるそのクライアントの
量子ホログラムとコネクトすると、


それからは意図的にその人の体に施術者の情報秩序を送信し、
体を変化させることができます。



その人の健康状態が改善されてくると、
それが量子ホログラムにも表れ、送ってもらっている写真の表情も
別人のような笑顔に変化します。


この現象は、
最近ユー・チューブでもアップされているクォオンタム・エントレイメント
の指が長くなる動画と同じメカニズムです。





癒そうという意識と健康になりたいという完全で美しい願いがあれば、
実際にこれだけで良い結果が得られます。



しかし、
ある場合には、潜在意識のブロックがあってその疾患を手放せない、
つまり大切に保持しておきたいというホメオスタシスが働くために
物理的な改善に至るまでには、手間と時間がかかることがあります。



脳幹にアプローチしたり、ときには電話やメールを使った言語による
情報秩序の書き換えを行うこともあります。


どんな手段を用いるかは、
クライアントの脳キャラやそのときの状態に対応させ短期間で最大の
利益が出る方法を選択します。





ヒーリングを行うとき、どんなものが見えて、どんなことを体験し、
何がわかるのかという疑問は、だれもがお持ちだと思います。


たとえば、
運動機能を扱う小脳の部分にフィンガータッチしたり、隣に座ってもらい、
腕や手をその人のほうへ伸ばすことによって、
相手のエネルギーシステムを交流させることができます。


ヒーラーの質が問われるのは、
こういった技術をいくつ持ちあわせているかということと、

相手を観察しそれにマッチした技術を瞬時に適用できるIQを備えているか
ということです。


もちろん、
「素直さ」「純粋さ」、「邪念のなさ」
が大切なのは言うまでもありません。



治癒のあいだ、
視覚的な手引きとしてホログラフィックなイメージかホログラムを
目の前に投影します。

これは、3次元の地図のようなもので、誰かを治癒するときには、
必ず前に現れます。



どんな物体もすべて量子ホログラムを放っていて、
そこから体の情報をすべて得ることができます。



この情報場から、
特定の情報や見解を使って自分の投影したホノグラム映像の一部に
焦点を絞ったり、ズームアウトしたりします。



またさらに、
いろんな周波数に調節して、そのたびに違ったホノグラフィックな
イメージを見ることもできます。

これによって、
クライアントが自分を健康な状態に戻す道を見つけられるようにします。



エネルギーを調節しているときは腕や手を空中でゆらゆらさせて、
指は一定のパターンで細かく動かします。
また、一定の流れるような動きが入ることもあります。

この動きによって、クライアントの体と共鳴して、自分の情報を送るのです。




相手の体と交流し、情報を交換すると、
その人の健康状態にエネルギー的な変化が起こって、

たいていは、
内部変化がすぐに起こり始めるのが、ホノグラムにも反映されます。



テクニックを磨いて発展させていくと、
治癒しているときに相手の痛みを自分に取り込むではなく、
そこで処理してしまえる方法も開拓できます。


自分のエネルギーよりもクライアント自身のエネルギーを使って
治癒を行うことを学ぶことが大切です。





どんなヒーリングも、
実はそれを受ける人自身が行っているのだと知ってからは、

重病を患ったクライアント以外ほとんどエネルギー的な影響を受けなくなり、
治癒前よりエネルギーを感じることが頻繁に起こるようになってきています。



0ポイント・フィールドという宇宙のエネルギー源を使うほうがはるかに
強力で効果的なヒーリングができるということです。

6年経った今、200人以上の方と1年以上に渡るご縁を頂き感謝感激MAX

※この記事は、2012年4月14日に、
メインブログで公開した記事を加筆訂正したものです。






昨年(2011)の春に発足させてから、
この4月で一周年を迎えるTenroくらぶですが、


今では、
会員様の数も3桁の大台に迫ろうとしてます。



毎月3〜4名の募集制限を設けているこの会は、
ただ会員を増やしていくだけの方針はとってません。


そのため現在でも、
Tenroと会員の方々が個人の関わりを超えた位相で、

常にコネクトしている高次元のご縁を感じながら、
会の運営を維持することができています。



数日前にも、
会員でメルマガを購読いただいている主婦の方から、
そんな繋がりを感じさせるような投稿を頂きました。


(引用開始)

(中略)
自分も人も、そのあるがままで完璧だということ、
いつも心に留置きたいと思います。

ついつい、
人を頼ったり、人を助けようとしてしまいます。


ただ、お互いの縁や関わりの中で、助けたり助けられたり・・・
ということはあると思いますが

それも、この世の体験であり、
全ては壮大かつ完璧な神計らいの中にあるのでしょうね。


その流れの中に身を任せ、
本当の自分の完璧さ、愛、幸せに気付いてゆきたいです。

ありがとうございました。

(引用終了)



絶対的な神の存在というのは、

数理的に肯定していないTenro(私)だからといって、
特定の宗教に帰依される方を否定したりはしません。


空について説いている般若心経に出てくる

「不生不滅」「不増不滅」

という言葉が意味していることは、


「生まれるとか滅びるとか、増えるとか増えないとか、
そういうことはこの世に一切ない」

ということです。



今この瞬間に、
あらゆるものが存在しているのであって、

この「あらゆるもの」の中には
「無」さえも含まれています。



「有」や「無」を超越して、
「有」も「無」もみんな包み込まれているのが空であり、

実は、
わたし達の存在も含んでいる空は「超存在」であり、
「超有」「超無」の世界です。


つまり、空に包まれているこの世界のすべては、
すべてがお互いに何らかの関係性を持っています。



この宇宙に存在するすべての事象で、
完全に独立しているものは1つもなく、

これを「縁起」といいます。


わたし達1人ひとりの心は、
その縁起の中心にあって、

空は誰もが自分を起点にして始まる宇宙を1ずつ持っていることを
言っています。



この空の仕組みを応用すれば、


「目の前に苦しいこと、嫌なことがやってきても、
すべては空だから、何とでも自由自在に変えてしまえる」

「自分自身も空なのだから、
いつでも好きな自分や幸せな自分になれる」


と考えられるようになります。




以上のような考え方のことを、
仏教では空で観察するという意味で「空観』と呼びますが、


さらに、お釈迦さんが説いた『中観』については、
またあらためて詳しく触れていくことにします。

過去の物理学では、超能力(ヒーリング)は、説明できない

きょうは、2月の中旬に、
超0療術師養成講座のコンテンツを
分析してもらうために、

およそ12時間のデータをお渡した



「脳の主人」(発行:南斗書房)
の著者であり
元国立生物学研究所にお勤めだった
東 晃史 博士



から届いた内容を読んでもらおうと思います。






今年は、
過去にとらわれずまったく新しい創造の年になる
という直感から、



春分を過ぎ、4月に入ってから、
地球史上初めて体験する文明開化が起こるような
エネルギーインパクトを感じて、

毎日それが増幅して行っているような気がします。




こんなことを言うと、
単純なスピリチュアルの香りがプンプンしてくる
感じがすると思いますが(笑)




これから、
公開するやりとり(個人に間する内容は削除)を
じっくり読んでもらうと、

その言霊から純度の高い熱量が伝わってくるはずです。




かなりボリュウムにある長文ですが、

あまり内容を理解しようと思考するんじゃなくて、
行間からこちらに伝わる純粋な熱量を感じみて下さい。






4月6日 東博士から小林へ
---

韓国に帰り、
お送り頂いた、USB・メモリーのデータは、
韓国の自宅のパソコンに、保存してあります。


来週の4月11日に、韓国に渡り、
「私のオリジナルの部分だけ の解説
(=超能力のメカニズム論)」

を、仕上げる予定です。


その後、
「小林さんの考え方」を、読ませていただきます。




ただ、
「私のメカニズム論は、科学」であり、
「生命科学の、 意識の構造と機能」ですから、


「超能力の存在の証明では、ない
(=こういうアプローチが、世間の信用を無くしている原因!)」
わけです。





「超能力者の、バーバラ・アン・ブレナン 女史の、
『光の手』(=河出書房新社)は、



超能力を、体得するための入門書」であり、
「実用書である」けれども、


「ブレナン女史は、物理学者であり、NASAの研究者でも、あった」
わけですが、
「過去の物理学では、超能力は、説明できない」

と書いてあるわけです。




一方で、

「超能力者しか、見えない光(=神の光)の状態に関する、
厳密な観察記述が、述べられている」

ので、
「私の理論 は、ブレナン女史の観察・記録を、
普通の人でも、見えるよう に工夫(=私のオリジナル)して、
理論化した内容」です。



特に、
「彼女の観察で、注目すべきは、
あの世に、神の光が湧き 出す、源泉が存在する」

という「特徴」であり、



「同様な視点 は、
日本の超能力者であった、高橋真治(=故人)の観察」
においても、


「あの世には、神の光を放出している、
霊太陽が、見える」


という「指摘がある」ので、

「両者の見解は、全く、 同じ」です。





「この内容は、
自然界の絶対的な倫理を、構築できる基本に成る」
と考えられます。



「現状の生命科学は、分子 生物学」であり、

「物理学(=客体側の観測と分析)の一部」 ですから、



「主体に関する、記述は、持ち込まない」ことが、
「基本哲学」であり、

「生命とは何か?」について、
「回答を 出せない」わけです。

「脳科学も、同じ」なのです。



そこで、
「生命とは、自我」であり、

「自我と情報が、結合す る」
ことで、


「意識が生じる」という「公式が、基本に成っている」
わけです。



「その前提」として、
「遺伝子の自我、細胞 の自我、組織の自我、臓器の自我」
などから、


「個体の自我が、
自然科学的(=数学的に)に、形成される」という内容が、

「フ ァインマンの仮想実験
(=光と物質の不思議な理論;QED(=岩波 書店)」から、

「具体的に、説明されている」わけです。




そこで、

「バーバラ女史の観察結果は、全部、いわゆる、超・ゼロの理論
(=私の呼び方では、”自我の潜在モデル”)に、置き換 える」

ことができるわけです。




だから、
「小林さんは、ブレナン女史の観察結果を基本にして、
ヒーリングの説明を、再構築 する」のが、

「最も、効果的であるように、思われる」わけです。



「生命は自我である」という内容は、
「従来の生物・医学や心 理学などに、革命をもたらす内容」
であり、



「この視点は、科学者が、超能力を理解しなければ、
今後、現状の医学の難題を、
打開・克服する、理論も実験も、企画できない」

という「主張 が、メイン」なのです。




だから、

「理解するための、図解が、中心」であり、
「ヒーラ ーが、世間の人に、メカニズムを理解させる」
のには、


「極めて、効果的である」ために、
「大学の教養学部(=1~2年生) の学生に、この内容を理解させたい」
わけです。




というのは、

「学生が、将来、どの分野(=理系・文系・人工知能)を、専 攻する」
としても、


「それぞれの分野の『理論化』に役立つ」 と考えられます。
それは、
「意識や、自我の、”行動原理”を示 している」からです。




「後期高齢者に成る」と、「想定外の病気に襲われて、計画通りに進まない」
ことが残念です。


多分、「1か月後には、原稿 が、完成する」と思います。
その時に、福岡に来ますので、会えることを楽しみにしています。




ともかく、
「ブレナン女史の 本(=『光の手』)は、読まれるべきである」
ように思います。


「現状では、彼女は、最高レベルの超能力者である」
と思います。



そして、
「高橋真治の教えを参考にして、基本に成るところを、
自己流に、置き換えた」のが、「大川隆法の、幸福の科学」です。

だから、「幸福の科学は、私には、文学に見える」わけで、
「科学には、見えない」わけです。

その意味でも、
「国際的に、 著名である、ブレナン女史を、参考にするべきである」
ように思います。



では、また。

---




この話を受けて、
わたしが数時間前に送った返事が、
以下の内容となります。






4月10日 小林から東博士へ
---

お返事ありがとうございます。

物理世界の二本柱である「空間」と「時間」も、
常識(科学) とは別の姿をしていることについて、



テンプレトン賞を受賞した物理学者のバーナード・デニスパニヤは、

「もういいかげん に現実に対する間違った解釈を捨てて、
画期的で、しかもより 正確な現実を受け入れるべきだ」

と述べています。



この場合の 正確な現実とは、

(「主体に関する、記述は、持ち込まない」 ことが、「基本哲学」である、
「物理学(=客体側の観測と分析)」が、回答を出せない、)
超能力のような意識が、


物理世界を作り出すような現実のことを言いますが、
物理学者たちは、
宇宙は従来の物理法則が当てはまらない場所だということを
知っているはずです。



ただ、
少数ではありますが、

勇気ある物理学者たちが、
自分た ちの世界観が実は間違っているかもしれないと考えはじめています。


個人的にわたしが言えるのは、
「やっとここまで来た か」ということだけです。



人間というものは、
現実をかなりゆがめて解釈しているわけですが、


つまり、
世界を認識する一つ のパターンを確立し、

そのパターンに合致しないものはすべて意識から排除するフィルターを
装備しています。


私たちが取り入れる情報は、
現実すべての情報量のわずか100万分の1パ ーセントの、
そのさらに半分でしかありません。



脳科学的に言えば、
これは、脳内の神経経路ができあがり、いつも通る道が決まると、
もう他の道は通らなくなってしまうからで、


もっとも簡単で単純な神経経路を形成し、
その道ばかりを何度も通ることになるからです。




しかし、
その道から見える 景色だけが現実ではなく、

むしろそれは現実からかけ離れた姿にであって、
同じ道ばかり通っていたら、すべての景色を見ることはできません。


計算上では、世界を全部見るには821年 かかるのに、
3分半で見られる景色だけが全世界だと勘違いしているわけです。



でも、
東さんやバーバラ・アン・ブレナン女子のような物理学者たちは違う考え
を持っています。


量子の世界では、
物事は段 階を踏んで出現せず、瞬時に出現する。

つまり、
何かを意図し たら、意図したのと同時にそれが出現するわけですが、


これこそ
瞬間(超0)ヒーリングにも通じる基本メカニズムにほかなりません。



多くの人たちが自分では、
完全に客観的な立場ですべてを見ていると思っているかもしれませんが、
実際は偏見のフィルターを通したものしか見れていないのです。




このことは、
まさに、「超能力者しか、見えない光(=神の光) の状態」

とは逆に、

私たちが五感を使って見るもの、体験するもの、触れるものは、
すべて「これを見る」「これを体験する」 「これに触れる」

という決断の後に出現しています。
この順番 は絶対に変わりません。



この現実に対して、

いちばん大切なのは、意識を目覚めさせて、
「今ここ」に集中するスキルを磨く ほかないわけですが、


これは、
「自然界の絶対的な倫理を、構 築できる基本に成る」スキル
にも通じます。




ご推奨いただいた、
「ブレナン女史の本(=『光の手』)」を 手にとって感じたのは、


「バーバラ女史の(主体)観察結果は、
全部、いわゆる、超・ゼロの理論

(=私の呼び方では、”自我の潜在モデル”)
で、翻訳する」ための理論構築、



すなわち

「答えは常に一定でなく、確率
(縁起率=エネルギー回転数によっ て生まれる波動干渉=コヒーレンスさ)
によって相互相対的に変化していく様相(諸行無常)」

であることを、



「生命は自我 である」であるという内容から、
再解釈するための原理モデル の必要性です。





それを、
「”非凡の道”として、教育現場へ確立させるための 仕組み作り」
を現在進めている最中です。

具体的に、
その第一弾で、『新世界ヒーラー、セラピスト解体新書』
というレポー トを無料配布し、


そこに集まった一定の能力を保持する
ヒーラー、セラピスト起業家たち向けの教育コミュニティーを通して、


「自我と情報が、結合する」と、「意識が生じる」


という「公式が、基本に成っている」ことを
理解してもらうための場を提供していきたいと考えています。




こちらは、5月12日の引っ越しが済んでから、
福岡に参りますので、
そのときにお身体と原稿を拝見できればと存じます。


お目にかかれるのを楽しみにしております。感謝します。

---




以上が、
往復書簡の中身です。





二人のやりとりは、
2016年の暮れからはじまっているのですが、


なにか、
文明のパラダイムシフトにもかかわるような新しいエネルギーが、
働いていると言えば大げさなように聞こえるかもしれませんが、


わたしの内側では、芸術作品を創りあげていた頃と同じような、
新たな創造のリアリティーとともに新世界講座コミュニティーの
仕組み作りが加速進行して行ってます。




初詣で引いたおみくじに、
「いくさに弓矢を得たるが如し」
と出たわけも納得です(笑)


この⭐︎運勢は、
「いくさの時に弓矢を得るように、
力強い援助の手が差し伸べられるでしょう。」
と書かれていました。




ありがたいことに、東博士をはじめ矢の本数はドンドン増えています。
これからも、
普段から幅広く物事を吸収しようとする姿勢を大切に過ごして参ります。


当然、
ここまで読んでくれてきたあなたも立派な援助者のひとりであることに
違いはありません。


そこでもしこのような内容が興味のある方やヒーラやセラピストの方は、
こちらから二人の往復書簡の全内容を読んでいただくことができます。
http://daizo.hippy.jp/azumaletter.pdf




また、読み終わった感想などいただけるとたいへん嬉しく思います。
勇気を出して行動に移してくれた
あなたも新しい文明を切り開く仲間のひとりとして大歓迎します^ー^
http://goo.gl/ZmmRrK

宇宙は相似形

※この記事は、2010年11月22日に、
メインブログ「人生を進化させるエネルギーの法則
にて公開したものです。






ジョンレノンが亡くなって、
30年が経つということで、
おとつい、動画サイトで
追悼特集映像が放映されていたのを観ました。


きのうは、
同じサイトで
「ジョン・レノン殺害犯=マーク・D・チャップマンの
心の闇に迫る衝撃の物語」
という番組があったのでそれも観てみました。




そして、
二つの、映像を観終わり、




これが、宇宙の法則なんだな。

と、改めて感じました。





どういう意味か?
をこれからご説明しますね。





それは、彼ら二人の生い立ちが、
ほとんど、同じだったとうことから始まります。



わたしも、この映像を観るまで
知らなかったのですが、



ジョンレノンの父親は、
ほとんど家に寄り付かない船員でした。
幼い頃のジョンレノンは、
自分は父親から見捨てられたと述懐しています。


そして、
ポールマッカートニーと出会い、
世紀の売れっ子ロックバンドビートルズの一員として

母親を残し、
リバプールからニューヨークへと旅立っていきます。




方や、もう一人の主役である
殺害犯のマーク・D・チャップマンも

両親は離婚し、奔放に生きる母親を
冷めた目でみつつ、


一丁の拳銃を購入し、
ジョンレノンを殺害するため、
ハワイからニューヨークへと
旅立ちます。




殺害の旅にでるまで、
彼は、職を失い、人生に絶望していました。





そこで、一冊の本に出会います。


サリンジャーの『ライ麦畑で捕まえて
という有名な本です。



彼は、この本をこよなく愛し、
そこから神からの啓示のようなものを
受けとります。



「オレは、ライ麦畑のがけの端から、
落ちそうになっている子供たちを助けなければ
ならない」と・・・・






彼は、
今や、世界的なアーティストとなった
ジョンレノンに対し、


過大な嫉妬の感情をいだきながらも、


彼の歌う歌詞と、その優雅な生活ぶりに
おおいなる偽善を感じ取ってしまうのです。



例えば、
イマジンとう曲の中では、
「所得という概念がない世界を想像してごらん・・・」
と歌われている一方で、

ニューヨーク市内の
ダコタハウスという一流マンションに
日本人のヨーコと優雅に暮らす毎日、
24時間警護付きで、もちろん車は運転手付きです。



実は、犯行当時25歳だった
マーク・D・チャップマンも
東洋系の妻と暮らしていました。
しかし、
貧乏暮らしで、車はオンボロのアメ車です。




映画の中では、
はっきりとその時の彼の感情は
表現されていませんでしたけれども、



彼は、きっと

ジョンレノンの
この歌詞と現実の暮らしぶりの矛盾、


そして、
青年期を迎えるまでの両親との関係や生活環境は
ほとんど同じ境遇であったにもかかわらず、
今の生活のこの落差に、


この上ない怒りと嫉妬を感じていたと思います。



その想いは、
何も知らない善良な彼のファンを
裏切るこの上ない偽善的な行為であると
いう考えに昇華されていきます。




ジョンレノンは、偽善者だ!



ライ麦畑の崖から落ちそうになっている
無垢な子供達と
偽善者であるジョンレノンに騙されている
純真な青少年達を重ね合わせながら、



彼らを自分が救わなければ・・・・、
という思いを、どんどん自分の中で増幅させて
いったのでしょう。



同時にそのことは、
彼自身を救済するための
ものであったに違いありません。



そして、
そのエネルギーは、
彼のひと差し指が、トリガーを引かせるのに
十分なものとなっていったのです。




犯行が終わるとともに、
ジョンレノンという
世界的な音楽界の遺産とも言われる男と


一瞬のうちに、
同じ土俵で語られるための最短コースを
彼は探しあてたと思っていたことでしょう。



そして、ついに、彼は、

ヨーコとともに帰宅して車を降りて、
ダコタハウスのアプローチを歩く
ジョンレノンに対し、


背後から声をかけ、
4発の銃弾を彼に打ち込みます・・・・。

(映画のなかの映像による)






わたしが、冒頭で言った



宇宙の法則とは、



まさにこの二人の男の存在と

その引き寄せ、

に現れています。



彼らの人生は、

世代こそ違っていますが、


同じような境遇の生い立ちで

同じ悲しみの感情を背負って、

人生をスタートさせています。



これは、二人に共通する影=マイナスの部分です。




その後、一方のジョンレノンは、

キリストをも越えたと言って

マスコミを翻弄させるほど偉大な

世界的アーティストに上り詰め

これ以上ないプラスへと転じます。

顕在意識では・・・・、




しかし、潜在意識では、

自分がどれほど、寂しい人間であるかを

その成功が、世界的なものなればなるほど

無意識に、彼の魂をより深く傷つけていきます。






その一方で、

マーク・D・チャップマンは、

職も妻からの信用も失い、

ついには、世界的なアーティストの暗殺者となり、

これ以上ないマイナスへと振れます。




それは、潜在意識の中では
彼自身が犯行に使った38口径のリボルバーが、
つねに魂というターゲットへ
照準を定めているぎりぎりの極限状態です。



ついに、これから彼が、プラス=生を生み出す道は
ジョンレノンを殺害するしか他はない
と考えたのです。




そして、ふたつのエネルギーは
臨界点に達しようとしたとき、



融合し、打ち消しあって、



ふたたび、ゼロ地点に戻り、

新たなバランスが、保たれ始めます。





社会的な常識で考えれば、
犯人は、幼稚で依存心の強い負け組みのサイコ野郎じゃん!
という意見になると思います。




しかし、ここで私は、

人を殺すことが

いい悪いの議論をしたいのではありません。





確実に存在することだけを
言いますね。



いいですか?




これは、

人間や動物、植物から鉱物も
引いては魂まで含めて、

すべての宇宙のエネルギーの様相は、

相似形を成して存在し、




常に互いに引き寄せあいながら、

すべてそのバランスの上に成り立っていることを

意味しています。





プラスだけマイナスだけで存在するものなど

何もありません。



あるのは、そのエネルギーの振れ幅が、
大きいか。小さいかだけなのです。








それは、あなた個人のなかで

これまでの人生も

今現在、起こっていることも含め

すべてに共通する公式なのです。





そう考えますと、

やっぱり、前を向いて、感謝しながら日々を送ることが

どんなに幸せな人生を造りあげるか

お分かりになると思います。






マイナス×マイナスはプラスです。

プラス×プラスはもちろんプラスですね。



プラスにマイナスかけちゃダメですよ・・・。





P・S・
追悼
ジョンレノンは、
プラスもマイナスも深く愛せた偉大な芸術家です

今この瞬間に感謝しよう

※この記事は、2010年12月31日に、
メインブログ「人生を進化させるエネルギーの法則
にて公開したものです。





2010年今年も今日で本当に最後ですね。

本当はね、過去も未来もないんです。今この瞬間が存在するだけ。

そう感じながら、ブログ書いている

“0ゼロ”意識療法の天路Tenro 小林大三です。(そういえば私、腕時計をしません・・・。)





私の今年2010年を象徴する一文字は0ゼロ 。

原点や無の0ゼロでした。





今年は私にとって特別な年でした。

美術作家としては、休筆を行い、これまで個人的に相談を受けて来た

カウンセリングやセラピーをプロの活動として

公の場で行うことを発表。




多くの方にお力添えいただき確実に自分の世界を

シフトさせることが出来ました。





僕の知りえない世界と橋渡しをしていただいた方々。




色々アドバイスを頂いた方々。




僕本来の道に僕を導いていただいた方。




今年の一文字 0ゼロ




今年42歳の僕の全意識が、何か大きな力でそうさせられた

0ゼロの年だったと思います。




お会いする方もだいぶ様変わりしてきてプロとしての

様々なアドバイスを頂きました。




人と会ってじっくり話す機会がたくさんあり

人付き合いのステージもアップしました。




これまで囚われていた全ての常識の壁を一気に突き抜けた感のある1年。




多くの出会いと多くの応援に感謝。

数年ぶりに泣き、数年ぶりに風邪をひかなかった年でもありました。




福山雅治と同じ年。

後厄。(ちなみに本厄の年に事を起こすと上手くいくといわれています)



色々重なった年でした。




それでも今年を振り返ると感謝する事しかありません。




2010年感謝の年でした。




本当にありがとうございます。




来年は従来の世界の意識革命先陣団の一人として歩んで行きたいと思います。




感謝の気持ちを書いて今年最後のブログ更新とさせていただきます。

人生を変えるということは、いったん戻るということ

※この記事は、2010年12月31日に、
メインブログ「人生を進化させるエネルギーの法則
にて公開したものです。






自分のルーツ


僕が、まだ小学生だった10歳か、11歳の頃に、

当時、NHK海外(アメリカ)特別ドラマで」
「ルーツ」という番組が毎週日曜の晩になると
放送されていました。

確か、2、3ヶ月間の特別放送だったと思います。

家族そろって、黙って神妙に見ていました。



そのドラマに強烈な印象が残っています。


なかでも強く記憶に刻まれたシーンが
ありましてね、


そのシーンは、
精悍な顔立ちをしてバランスが整った体つきをした
黒人の青年が、やしの木に結び付けられた鎖で
足首に鉄輪をかけられて、畑を耕させられている様子
なんです。


その黒人は、もともと強制的に労働を課せられていた
その時代の奴隷階級だったのですが、


その姿を回想しているのは、
その奴隷の子孫である主人公で、


未来の現在では、中産階級に属し、
豊かな暮らしを送ることが出来るようになった
黒人家族の家長です。


子供ごころに、その当時、感じていたことは、
現在と過去のつながりの不思議さだったように
思います。


「奴隷時代という過酷なマイナスエネルギーに
満たされた日常から、
なんで、豊かで幸せな家族に発展したん?」



当時、大阪から祖父の住む父の実家である広島に
越してきた僕の家族のルーツに興味を抱き初めて
いました。


それから、大人になった今では、
ルーツの興味は、小林家から
DNAの解読による人間の祖先にまで
発展しましたが、


いつまで経っても、気になるのは、
自分自身という存在が、
一体どこからやってきて、
どこに向かおうとしているのか?
ということです。


先週末に、岡山から仕事で出張して
僕の生まれ故郷である大阪に行った
話しはしましたが、


仕事が終わったあとに、
宝塚大学に勤めている友人と
ささやかな忘年会をしたんですね、


梅田から歩きながら御堂筋のライトアップを見て、
焼き鳥やで一杯引っ掛けて・・・・、


2時半を回った頃、ようやく店を出て、
その友人がよく利用していたサウナに
歩き好きのその友人といっしょにとぼとぼと
歩いて向かうことにしたんですが、


一時間以上も歩かされて、
付近の様子は、どんどん下町になって
いくんです。


「おい、ここどのあたりだ?
なんか、おしっこの臭いしないか?」

「この当たりは、モラルのない人が多いんで、
そこらじゅうにしちゃうからでしょう。」

そんな会話をしながら、


長屋が続く、その住宅街に
異常な懐かしさを感じつつ、


軒に吊るされてあった
おおきな提灯をふと見ると、
「東成区××組合」
と書かれています。


そして、ふと電柱の住所表示をみると、

大阪市東成区今里2丁目●番地

と書いてあります。


突然、友人に向かって、
「おいおい、オレ
ここの3丁目に住んでいたんだよ」


ちなみに、僕の本籍地は、4歳まで住んでいた
当時の住所のままで今でも、
大阪市東成区大今里3丁目です。


「ここ、オレの生まれ故郷だぞ!おい。」

時刻は、すでに朝の4時を回っていましたが、


確かに、感じたことのある空気感が
そこに存在しています。


そのときは、年甲斐もなく興奮して、
おしっこ臭さもなつかしさに変わって
しまっていました。



それから友人は、こう言いました。
「今日、ここにこうして
まるで引き寄せられるように来たのは、
きっと、何か意味があるんですよ。」


それは、オレの台詞だよと思いながら、

「そうだよな・・・・」

とだけ口にして、感慨にふけっていました。


あんまり、自分だけの幼年時代の感覚に
浸っているのも恥ずかしかったので、


「それにしても。その安サウナまだかよ」


白み始める前の少し明るい藍色の空と
近鉄今里駅を仰ぎながら、そう聞くと、

「次のフセ駅の近くですから、
もうすぐです」


言葉には、出しませんでしたが、
まだ歩かせんの?と思いました。


しかし、不思議と、自分が、
その町を徘徊することに違和感を
感じることはありませんでした。




それでも、
底の薄いカジュアルシューズを
履いていたせいもあって、
踵が痛くてたまりません。


そうりゃそうです、
軽く2時間以上も歩き続けていたのですから。


ちなみにこの友人、梅田から十三まで歩くのは、
日常茶飯事、何しろ、鉄道好きでその沿線を見て
方向を感じながらひたすら歩くのです。



付き合わされて、
大阪中を徒歩でひきずりまわされながら
いつも心の底で、「なんでタクシーを使わん?」
と想っていました。





その後、5時過ぎにサウナに到着して、
予想通りにフロントで

「お客様、5時から6時30分までの入浴は
浴槽清掃のため、ご遠慮願っております」

と言われたときには、
「フっ」と鼻で笑うしかありませんでしたが、

すでにびっしり人で埋まった仮眠室を横目にしながら、
われわれは、自動販売機の前でタオルケットを
下に敷いて浅い眠りについたのでした。





なぜ、こんな話しを長々としたか
と言いますとね、



僕はこれまでの人生を、
この歳でいったん0(ゼロ)に戻したいという願望の
証明として現実に自分の目の前に出現したということを
伝えたかったんです。



お話しした
僕の3時間徒歩の旅は、

自分自身を覆う殻を取り除く旅だったんです。




体をクレンジングすれば汚れが落ちるように、

魂をクレンジングすると、
過去の毒から自分を解き放ち、
本当の自分を取り戻します。
そして自分自身の魂の目的に再びつながる


僕の場合、まるで自己催眠をかけたかのように
何かの力によって、今住んでいる岡山から
何の目的もなく生まれ故郷に辿りついたということが
何を意味しているかと言いますとね、


僕は僕の本質にもう一度結びついて、
内なる魂が求めている真の目的に戻ることが
できたということなんです。


さらに言えば、ほんとうにエネルギーを
必要としているのは、ほんの1箇所、
内なる中心につながっている場所だけ
ということです。


一度でも西洋医学を学んだ人なら
その人の人格というものは、
だいたい12歳くらいまでに完了するとうことを
知っています。


三つ子の魂、百までというのは、
3歳までに晒された環境が、潜在意識に
もっとも影響力があって、
その後の人生を左右する所以からですが、


僕は、実はこの徒歩旅行の前の2年前に
生まれ故郷であるこの町に、誘導されています。

これも、初めからそこに行くという目的があったわけ
ではなく結果的にここがそうだったのか、
というものでした。


言い換えると、
ほんの1箇所の内なる中心とは
3,4歳までの自分にあるじゃないのかな
と考えています。


それが、真我に繋がっている場所であることは、
疑いの余地はなさそうです。


また、そこでは
「自分は決してひとりではない」
ことも実感できます。



何度でも繰り返して、
現実を手放しては新しい現実を受け入れる能力

は、これからの時代で、
とくに必要になってくるでしょう。


そのためには、自分が変わるために、
一度戻る場所=ゼロ地点を感じることが
重要なんです。


自分が知っていることや正しいと想っていることは、
たいてい、ずいぶん前に自分自身で決めた、
自分を成約する考えにすぎません。


その奥から聞こえる
人生の真の目的をかなえたいという魂の声を聞き分け、
その声に従ってみてください。


過去の残骸でできあがった魂を
クレンジングすることで、
高い波動(無限の知恵と聖なる調和)を
さらに受け入れられるようになります。


自分が知っている「自分」は、いわばひとつの
「仮面」です。その仮面の下には金塊が眠っています。
その金塊を見つけたいと想ってさえいれば、
いますぐ輝くことができます。



魂の再生が起こるのは一度だけとは限りません。


次回から、いよいよ
僕のアートクレンジングから進化させた
現在構築されつつあるソウルクレンジングについて、
触れていってみたいと思います。


お楽しみに!

人間が生きることそのものがエゴです。だから・・・・

※この記事は、2010年12月31日に、
メインブログ「人生を進化させるエネルギーの法則
にて公開したものです。






僕が、心理カウンセラーになる以前、
プロの美術作家として活動を始めた頃、

オランダ人画家のゴッホの歴史について
深く学んだことがあります。

彼は、30代になって画家に転身するまで、
もともと敬虔なクリスチャンであり、主に炭鉱町を訪問する宣教師でした。

しかし、彼の説く教えは、日々過酷な労働を強いられる炭鉱夫たちに
歓迎されるどころか、迷惑な存在として扱われていたのです。

その時のゴッホは、無償の愛を与えんとばかりに、
彼らの生活実態からは、説教の内容がほど遠いことに意識を向けることが
できませんでした。

過酷な肉体労働を送る炭鉱夫にとっては、ありがたいキリストの説教よりも、
その日をいかに生き延びるための糧を得ることに生一杯だったのです。


そして、ゴッホは、宣教師としての自分に大きな挫折感を味わいます。


ゴッホは、
「一体、どうすれば、人々を救済することができるのだろう・・・・。」
と真剣に思い悩んでいたことでしょう。

けれども、求めていない人達の前では、いい迷惑に過ぎなかったということです。

確かに、ゴッホにとって、心の救済に毎日を送ることは、
とても充実していたに違いありません。

でも、それは、ゴッホにとってであり、ゴッホだけが行いたいことに過ぎなかったのです。

そのときのゴッホには、まだ「分かって欲しい」という依存心が存在していました。


救済とは純然たる愛であると同時に、救済したいという見返りを求めない本人自身の
欲望でもあったわけです。



ゴッホが天才たる所以は、その後、
たったひとりで、毎日その瞬間を描ききる画家としての生活を始めたことです。

その画家としての生活は、孤独な祈りの日々であり、他者へ何も求めることのできない
孤独な日々であったことでしょう。


僕は、このときのゴッホは間違いなく完全に自然と一体化するという
悟りの境地に入っていたと思います。


そこに、宣教師時代のエゴはなく、万物に感謝できる開かれた意識に到達していたのです。


最後に、彼はピストルで自殺するのですが、
それは愛に包まれた自然死であることに間違いはありません。


しかし、それでも、死にたいという個人的な欲望=エゴが残っているのです。


仏教で自殺を良しとしない理由は、
そこに死にたいという欲望がわずかでも残ることによって、
カルマ=業を完全に燃焼できないままに死を迎えてしまうからです。


そして、そのカルマを再び誰かが背負うことになれば、
その意識波動は次元の上昇を向かえることなくそのまま背負わされた人に
存在することに繋がります。


つまり僕たちは、生きることにも自殺することにもエゴを伴っているわけです。


では、天寿をまっとうする生き方をどのようにして送ればよいのか?


そのためには、エゴを自分自身の感謝する心でもって
その瞬間々に解消していく毎日の生き方を選ぶことが大切です。


エゴを持ち合わせながらも、今ここに存在している瞬間に感謝してみませんか?

絶望ウエルカム



「だからどうなの?」

英語で言うと、
So what ?か



この言葉というのはそれ自体が
ポップアートの生みの親である
アンディウォーホールの哲学だ
(彼の伝記「ぼくの哲学」)


1960年代
ニューヨークの広告業界から、
そのキャリアをスタートさせた
現代アートの天才は、


自分がホモセクシュルであるのを
「世界はそんなもんだ」という絶望
を持って認め、許すことによって、
それを自らアートの源泉とした。



一方
オレはというと30代になって、
彼の様な歴史に残る世界レベルの
芸術家として名を残すのを誓って
アートサーキットに参戦した。


しかし人生をかけたこの挑戦は、
「広島ゆかりの画家」というオマケ
を頂戴したところで、
才能の枯渇という大きな絶望と共に
わずか5年程の活動で筆を置いた。



じつは
安定した大企業の職を投げ捨てて、
芸術に辿り着いたのには訳がある。


18歳まで絵の手解きを受けていたが
真の理由は20代はじめ頃に味わった
生きているのも辛い絶望体験だ。




いらい
人生は絶望を前提にすればいいこと
に気づいた。


絶望からスタートすれば、
あとは希望だけだから。


絶望と向き合いましょう
それしか人生を好転させる方法は
ないのですから。

(加筆訂正)「ヒーラーの実力の向上」と、「科学的な分析力の向上」は、「反比例する」

昨年12月、
「超0」について、
ある方からメッセージが入りました。

-----------
前略。 「超ゼロ」とは、「睡眠と覚醒の”境界”を示す、”ビジランス・ゼロ”の横線(=国際睡眠学会の公式用語)の意味と、”同じ”ではないのか?」という印象を持ちました。私の本(=脳の主人)に、「睡眠化・合成ベクトルと覚醒化・合成ベクトルの、両方の大きさが、”同じ”に成る」と、「第3の合成ベクトル(=自我・意識の大きさ)が、ゼロ」になり、「その後、”超能力”」が、「睡眠化・合成ベクトルと覚醒化・合成ベクトルの、両方の大きさが、”より、大きくなる”につれて、”超能力のレベル”も”上昇する”」という、「定量的な表記法」です。「図版がある」ので、「教育(=素人に対する説明)に便利ではないのか?」という印象を持ちました。「脳の主人」では、「合成ベクトルの元に成る、単位ベクトルの発生源について、説明できなかった」のですが、「光の手(=河出書房新社;バーバラ・アン・ブレナン女史の著作)」を読んで、「超能力者には、”神の光”(=太陽の光子よりも、粒子が小さい、という意味の名前)が、実際に観察できる」ことを知りました。しかも、「宇宙(=あの世)には、”神の光”が湧き出す”源泉”が存在する」ことが書いてあります。「これは、日本の超能力者である高橋真次(=故人)の、”霊太陽”と、同じ内容」です。そこで、「ファインマンの仮想実験(=単位ベクトルの理論)を、”光子”の”見える化”(=可視化)である」という具合に理解すると、「超能力のメカニズム、瞑想のメカニズム、・・など、”精神科学の統一理論”が、可能に成る」わけです。「バーバラさんの本には、超能力の理論がない」と書いてあったので、「私が、創り出した」というわけです。多分、「納得がいく」ような気がします。”実戦家”(?)として、研究して見たらどうですかね。
-----------


お返事については、
以前にメルマガでもお伝えしましたが、
http://archives.mag2.com/0001214510/20170112215530000.html





メッセージの差し出し主で、
『脳の主人』他多数の著者でもある東晃史氏とのメールやり取は、
現在も続いてます。




その内容が、
三島由紀夫と師の川端康成とで交わされた往復書簡のような感じ
になればなあ、という想いと、


いただいた文章のなかで解説されているように、

「客体」としての(西洋)現代科学から、
「超0」のような「主体」としての(東洋)科学を論理的に
パラダイムシフトさせるために、

この春にお住まいのある福岡で対談を行っていく予定です。





ところで、物理科学者である東氏は、

「ヒーラーの実力の向上」と、「科学的な分析力の向上」は、
「反比例する」

ということについて言及されてます。




このことについては、
私など直感型タイプにとってはよくわかるのですが、

実際のやりとりを読んでもらうことによって、
その理論背景を一般の方にも理解してもらえればという思いから、
全文を公開することにしました。




『東晃史博士と小林大三のやりとり』
http://daizo.hippy.jp/azumaletter.pdf




お読みいただいた感想や質問なども頂けると嬉しいです^^
https://www.tenrodk.com/お問い合わせ/

絶対にうまくいく方法

ブッダが言ったこの言葉。

「他人の過失を見るなかれ」



なんでだかわかりますか?




答えを先に言うと、

振動数さがるから!です。




斎藤一人さんの教えで頻出する考え方の一つに「振動数」
があります。



「あのね、人ってね

振動数あげて素敵な自分になればいいの

素敵な人になればいいの

素敵な人って価値があるんだよ

価値ある人間になったら、絶対にうまくいくんだよ」



振動数は波動と言ってもよく、
振動数が高い人の周りには自然とそれにふさわしいついてる出来事がおこります。




一人さんによると、
振動数をあげるコツは、少し大きな声を出したり、行動を早くすること。




具体的にどうやれば、あがるのか?
詳しく知りたい人は動画を見てみてください。

品格アップと開運行動

去る12月8日はジョンレノンの命日でした。

何も信じることができなくなったジョンレノンが書いた
”GOD”という曲があります。
https://youtu.be/8_X2SJskUxc

この曲の中に、
「I just believe in me(僕は僕だけが唯一なのさ)」
という歌詞が出てくるのすが、

神を信じたり、スピリチュアルに走ったりと、
逃げる人生を送る人たちが多い今、

ある意味、
現代の私たちのあるべき姿を導いてくれるかもしれません。

ジョンレノンの歌詞から学べる現代の生き方とは、
より現実主義的な生き方です。


先日、受講生から
「人を信じますか?」
聞かれたことがあります。

これに対して、
「こちら(自分)の都合で相手を一方的に信じずに、
(相手の)全てを受け容れる覚悟が持てると、
個(自我)を超えて信じ合うという愛が生まれます。」
と応えました。

それは、
信じる相手もこちらも、常に変化しているから。

だから、
相手がどんな形に変わろうと、水のように変化できると、
争ったり傷付け合うことにつながりません。

その意味で、
ジョンレノンも言う通り、信じるのはまず自分自身です。


そのためには、
相手を盲目的に信じるのではなく、エビデンス(科学的根拠)を確認します。


エビデンスからのアプローチは開運行動にも繋がります。

まず一つ目…

人間の脳には、
原始的な感情をつかさどる「辺縁系」という脳の部分と、
理性をつかさどる「大脳皮質」という脳の部分があります。

この「辺縁系」と「大脳皮質」は、指令伝達スビードに誤差
があります。

辺縁系(原始的な感情)からの指令は速く、
大脳皮質(理性)からの指令は伝達速度が遅いのです。

そのタイム差は、2秒くらいあるそうです。

もう一つは…

人が何らかのストレスを受けると脳からアドレナリンや
ドーパミンなどの神経伝達物質が分泌されます。

それが刺激となって、怒りがわくそうです。
怒りのピークは6秒間しか続かないというエビデンスもあるそうです。

この二点を理解し、
さらに意識的に使えば簡単に怒りをコントロールする事が出来ます。


そこで、開運行動にも繋がる大切な行動が「深呼吸」です。

怒りを爆発させるまでの時間稼ぎになります。

普段、何気なく行っている「深呼吸」ですが、
肝心な時に「深呼吸」を忘れてはいませんか?

精神面においては…
『世の中は、陰陽(善悪)表裏一体』。
物事を普遍的に捉えるくらいの心構えが必要になるのです。

感情をコントロールすることで、品格をアップさせるチャンスにも繋がります。
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