限界を突破して 自分の生きたい人生を手にいれるためのメソッドをお伝えしていきます。

宇宙は相似形

※この記事は、2010年11月22日に、
メインブログ「人生を進化させるエネルギーの法則
にて公開したものです。






ジョンレノンが亡くなって、
30年が経つということで、
おとつい、動画サイトで
追悼特集映像が放映されていたのを観ました。


きのうは、
同じサイトで
「ジョン・レノン殺害犯=マーク・D・チャップマンの
心の闇に迫る衝撃の物語」
という番組があったのでそれも観てみました。




そして、
二つの、映像を観終わり、




これが、宇宙の法則なんだな。

と、改めて感じました。





どういう意味か?
をこれからご説明しますね。





それは、彼ら二人の生い立ちが、
ほとんど、同じだったとうことから始まります。



わたしも、この映像を観るまで
知らなかったのですが、



ジョンレノンの父親は、
ほとんど家に寄り付かない船員でした。
幼い頃のジョンレノンは、
自分は父親から見捨てられたと述懐しています。


そして、
ポールマッカートニーと出会い、
世紀の売れっ子ロックバンドビートルズの一員として

母親を残し、
リバプールからニューヨークへと旅立っていきます。




方や、もう一人の主役である
殺害犯のマーク・D・チャップマンも

両親は離婚し、奔放に生きる母親を
冷めた目でみつつ、


一丁の拳銃を購入し、
ジョンレノンを殺害するため、
ハワイからニューヨークへと
旅立ちます。




殺害の旅にでるまで、
彼は、職を失い、人生に絶望していました。





そこで、一冊の本に出会います。


サリンジャーの『ライ麦畑で捕まえて
という有名な本です。



彼は、この本をこよなく愛し、
そこから神からの啓示のようなものを
受けとります。



「オレは、ライ麦畑のがけの端から、
落ちそうになっている子供たちを助けなければ
ならない」と・・・・






彼は、
今や、世界的なアーティストとなった
ジョンレノンに対し、


過大な嫉妬の感情をいだきながらも、


彼の歌う歌詞と、その優雅な生活ぶりに
おおいなる偽善を感じ取ってしまうのです。



例えば、
イマジンとう曲の中では、
「所得という概念がない世界を想像してごらん・・・」
と歌われている一方で、

ニューヨーク市内の
ダコタハウスという一流マンションに
日本人のヨーコと優雅に暮らす毎日、
24時間警護付きで、もちろん車は運転手付きです。



実は、犯行当時25歳だった
マーク・D・チャップマンも
東洋系の妻と暮らしていました。
しかし、
貧乏暮らしで、車はオンボロのアメ車です。




映画の中では、
はっきりとその時の彼の感情は
表現されていませんでしたけれども、



彼は、きっと

ジョンレノンの
この歌詞と現実の暮らしぶりの矛盾、


そして、
青年期を迎えるまでの両親との関係や生活環境は
ほとんど同じ境遇であったにもかかわらず、
今の生活のこの落差に、


この上ない怒りと嫉妬を感じていたと思います。



その想いは、
何も知らない善良な彼のファンを
裏切るこの上ない偽善的な行為であると
いう考えに昇華されていきます。




ジョンレノンは、偽善者だ!



ライ麦畑の崖から落ちそうになっている
無垢な子供達と
偽善者であるジョンレノンに騙されている
純真な青少年達を重ね合わせながら、



彼らを自分が救わなければ・・・・、
という思いを、どんどん自分の中で増幅させて
いったのでしょう。



同時にそのことは、
彼自身を救済するための
ものであったに違いありません。



そして、
そのエネルギーは、
彼のひと差し指が、トリガーを引かせるのに
十分なものとなっていったのです。




犯行が終わるとともに、
ジョンレノンという
世界的な音楽界の遺産とも言われる男と


一瞬のうちに、
同じ土俵で語られるための最短コースを
彼は探しあてたと思っていたことでしょう。



そして、ついに、彼は、

ヨーコとともに帰宅して車を降りて、
ダコタハウスのアプローチを歩く
ジョンレノンに対し、


背後から声をかけ、
4発の銃弾を彼に打ち込みます・・・・。

(映画のなかの映像による)






わたしが、冒頭で言った



宇宙の法則とは、



まさにこの二人の男の存在と

その引き寄せ、

に現れています。



彼らの人生は、

世代こそ違っていますが、


同じような境遇の生い立ちで

同じ悲しみの感情を背負って、

人生をスタートさせています。



これは、二人に共通する影=マイナスの部分です。




その後、一方のジョンレノンは、

キリストをも越えたと言って

マスコミを翻弄させるほど偉大な

世界的アーティストに上り詰め

これ以上ないプラスへと転じます。

顕在意識では・・・・、




しかし、潜在意識では、

自分がどれほど、寂しい人間であるかを

その成功が、世界的なものなればなるほど

無意識に、彼の魂をより深く傷つけていきます。






その一方で、

マーク・D・チャップマンは、

職も妻からの信用も失い、

ついには、世界的なアーティストの暗殺者となり、

これ以上ないマイナスへと振れます。




それは、潜在意識の中では
彼自身が犯行に使った38口径のリボルバーが、
つねに魂というターゲットへ
照準を定めているぎりぎりの極限状態です。



ついに、これから彼が、プラス=生を生み出す道は
ジョンレノンを殺害するしか他はない
と考えたのです。




そして、ふたつのエネルギーは
臨界点に達しようとしたとき、



融合し、打ち消しあって、



ふたたび、ゼロ地点に戻り、

新たなバランスが、保たれ始めます。





社会的な常識で考えれば、
犯人は、幼稚で依存心の強い負け組みのサイコ野郎じゃん!
という意見になると思います。




しかし、ここで私は、

人を殺すことが

いい悪いの議論をしたいのではありません。





確実に存在することだけを
言いますね。



いいですか?




これは、

人間や動物、植物から鉱物も
引いては魂まで含めて、

すべての宇宙のエネルギーの様相は、

相似形を成して存在し、




常に互いに引き寄せあいながら、

すべてそのバランスの上に成り立っていることを

意味しています。





プラスだけマイナスだけで存在するものなど

何もありません。



あるのは、そのエネルギーの振れ幅が、
大きいか。小さいかだけなのです。








それは、あなた個人のなかで

これまでの人生も

今現在、起こっていることも含め

すべてに共通する公式なのです。





そう考えますと、

やっぱり、前を向いて、感謝しながら日々を送ることが

どんなに幸せな人生を造りあげるか

お分かりになると思います。






マイナス×マイナスはプラスです。

プラス×プラスはもちろんプラスですね。



プラスにマイナスかけちゃダメですよ・・・。





P・S・
追悼
ジョンレノンは、
プラスもマイナスも深く愛せた偉大な芸術家です
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今この瞬間に感謝しよう

※この記事は、2010年12月31日に、
メインブログ「人生を進化させるエネルギーの法則
にて公開したものです。





2010年今年も今日で本当に最後ですね。

本当はね、過去も未来もないんです。今この瞬間が存在するだけ。

そう感じながら、ブログ書いている

“0ゼロ”意識療法の天路Tenro 小林大三です。(そういえば私、腕時計をしません・・・。)





私の今年2010年を象徴する一文字は0ゼロ 。

原点や無の0ゼロでした。





今年は私にとって特別な年でした。

美術作家としては、休筆を行い、これまで個人的に相談を受けて来た

カウンセリングやセラピーをプロの活動として

公の場で行うことを発表。




多くの方にお力添えいただき確実に自分の世界を

シフトさせることが出来ました。





僕の知りえない世界と橋渡しをしていただいた方々。




色々アドバイスを頂いた方々。




僕本来の道に僕を導いていただいた方。




今年の一文字 0ゼロ




今年42歳の僕の全意識が、何か大きな力でそうさせられた

0ゼロの年だったと思います。




お会いする方もだいぶ様変わりしてきてプロとしての

様々なアドバイスを頂きました。




人と会ってじっくり話す機会がたくさんあり

人付き合いのステージもアップしました。




これまで囚われていた全ての常識の壁を一気に突き抜けた感のある1年。




多くの出会いと多くの応援に感謝。

数年ぶりに泣き、数年ぶりに風邪をひかなかった年でもありました。




福山雅治と同じ年。

後厄。(ちなみに本厄の年に事を起こすと上手くいくといわれています)



色々重なった年でした。




それでも今年を振り返ると感謝する事しかありません。




2010年感謝の年でした。




本当にありがとうございます。




来年は従来の世界の意識革命先陣団の一人として歩んで行きたいと思います。




感謝の気持ちを書いて今年最後のブログ更新とさせていただきます。

人生を変えるということは、いったん戻るということ

※この記事は、2010年12月31日に、
メインブログ「人生を進化させるエネルギーの法則
にて公開したものです。






自分のルーツ


僕が、まだ小学生だった10歳か、11歳の頃に、

当時、NHK海外(アメリカ)特別ドラマで」
「ルーツ」という番組が毎週日曜の晩になると
放送されていました。

確か、2、3ヶ月間の特別放送だったと思います。

家族そろって、黙って神妙に見ていました。



そのドラマに強烈な印象が残っています。


なかでも強く記憶に刻まれたシーンが
ありましてね、


そのシーンは、
精悍な顔立ちをしてバランスが整った体つきをした
黒人の青年が、やしの木に結び付けられた鎖で
足首に鉄輪をかけられて、畑を耕させられている様子
なんです。


その黒人は、もともと強制的に労働を課せられていた
その時代の奴隷階級だったのですが、


その姿を回想しているのは、
その奴隷の子孫である主人公で、


未来の現在では、中産階級に属し、
豊かな暮らしを送ることが出来るようになった
黒人家族の家長です。


子供ごころに、その当時、感じていたことは、
現在と過去のつながりの不思議さだったように
思います。


「奴隷時代という過酷なマイナスエネルギーに
満たされた日常から、
なんで、豊かで幸せな家族に発展したん?」



当時、大阪から祖父の住む父の実家である広島に
越してきた僕の家族のルーツに興味を抱き初めて
いました。


それから、大人になった今では、
ルーツの興味は、小林家から
DNAの解読による人間の祖先にまで
発展しましたが、


いつまで経っても、気になるのは、
自分自身という存在が、
一体どこからやってきて、
どこに向かおうとしているのか?
ということです。


先週末に、岡山から仕事で出張して
僕の生まれ故郷である大阪に行った
話しはしましたが、


仕事が終わったあとに、
宝塚大学に勤めている友人と
ささやかな忘年会をしたんですね、


梅田から歩きながら御堂筋のライトアップを見て、
焼き鳥やで一杯引っ掛けて・・・・、


2時半を回った頃、ようやく店を出て、
その友人がよく利用していたサウナに
歩き好きのその友人といっしょにとぼとぼと
歩いて向かうことにしたんですが、


一時間以上も歩かされて、
付近の様子は、どんどん下町になって
いくんです。


「おい、ここどのあたりだ?
なんか、おしっこの臭いしないか?」

「この当たりは、モラルのない人が多いんで、
そこらじゅうにしちゃうからでしょう。」

そんな会話をしながら、


長屋が続く、その住宅街に
異常な懐かしさを感じつつ、


軒に吊るされてあった
おおきな提灯をふと見ると、
「東成区××組合」
と書かれています。


そして、ふと電柱の住所表示をみると、

大阪市東成区今里2丁目●番地

と書いてあります。


突然、友人に向かって、
「おいおい、オレ
ここの3丁目に住んでいたんだよ」


ちなみに、僕の本籍地は、4歳まで住んでいた
当時の住所のままで今でも、
大阪市東成区大今里3丁目です。


「ここ、オレの生まれ故郷だぞ!おい。」

時刻は、すでに朝の4時を回っていましたが、


確かに、感じたことのある空気感が
そこに存在しています。


そのときは、年甲斐もなく興奮して、
おしっこ臭さもなつかしさに変わって
しまっていました。



それから友人は、こう言いました。
「今日、ここにこうして
まるで引き寄せられるように来たのは、
きっと、何か意味があるんですよ。」


それは、オレの台詞だよと思いながら、

「そうだよな・・・・」

とだけ口にして、感慨にふけっていました。


あんまり、自分だけの幼年時代の感覚に
浸っているのも恥ずかしかったので、


「それにしても。その安サウナまだかよ」


白み始める前の少し明るい藍色の空と
近鉄今里駅を仰ぎながら、そう聞くと、

「次のフセ駅の近くですから、
もうすぐです」


言葉には、出しませんでしたが、
まだ歩かせんの?と思いました。


しかし、不思議と、自分が、
その町を徘徊することに違和感を
感じることはありませんでした。




それでも、
底の薄いカジュアルシューズを
履いていたせいもあって、
踵が痛くてたまりません。


そうりゃそうです、
軽く2時間以上も歩き続けていたのですから。


ちなみにこの友人、梅田から十三まで歩くのは、
日常茶飯事、何しろ、鉄道好きでその沿線を見て
方向を感じながらひたすら歩くのです。



付き合わされて、
大阪中を徒歩でひきずりまわされながら
いつも心の底で、「なんでタクシーを使わん?」
と想っていました。





その後、5時過ぎにサウナに到着して、
予想通りにフロントで

「お客様、5時から6時30分までの入浴は
浴槽清掃のため、ご遠慮願っております」

と言われたときには、
「フっ」と鼻で笑うしかありませんでしたが、

すでにびっしり人で埋まった仮眠室を横目にしながら、
われわれは、自動販売機の前でタオルケットを
下に敷いて浅い眠りについたのでした。





なぜ、こんな話しを長々としたか
と言いますとね、



僕はこれまでの人生を、
この歳でいったん0(ゼロ)に戻したいという願望の
証明として現実に自分の目の前に出現したということを
伝えたかったんです。



お話しした
僕の3時間徒歩の旅は、

自分自身を覆う殻を取り除く旅だったんです。




体をクレンジングすれば汚れが落ちるように、

魂をクレンジングすると、
過去の毒から自分を解き放ち、
本当の自分を取り戻します。
そして自分自身の魂の目的に再びつながる


僕の場合、まるで自己催眠をかけたかのように
何かの力によって、今住んでいる岡山から
何の目的もなく生まれ故郷に辿りついたということが
何を意味しているかと言いますとね、


僕は僕の本質にもう一度結びついて、
内なる魂が求めている真の目的に戻ることが
できたということなんです。


さらに言えば、ほんとうにエネルギーを
必要としているのは、ほんの1箇所、
内なる中心につながっている場所だけ
ということです。


一度でも西洋医学を学んだ人なら
その人の人格というものは、
だいたい12歳くらいまでに完了するとうことを
知っています。


三つ子の魂、百までというのは、
3歳までに晒された環境が、潜在意識に
もっとも影響力があって、
その後の人生を左右する所以からですが、


僕は、実はこの徒歩旅行の前の2年前に
生まれ故郷であるこの町に、誘導されています。

これも、初めからそこに行くという目的があったわけ
ではなく結果的にここがそうだったのか、
というものでした。


言い換えると、
ほんの1箇所の内なる中心とは
3,4歳までの自分にあるじゃないのかな
と考えています。


それが、真我に繋がっている場所であることは、
疑いの余地はなさそうです。


また、そこでは
「自分は決してひとりではない」
ことも実感できます。



何度でも繰り返して、
現実を手放しては新しい現実を受け入れる能力

は、これからの時代で、
とくに必要になってくるでしょう。


そのためには、自分が変わるために、
一度戻る場所=ゼロ地点を感じることが
重要なんです。


自分が知っていることや正しいと想っていることは、
たいてい、ずいぶん前に自分自身で決めた、
自分を成約する考えにすぎません。


その奥から聞こえる
人生の真の目的をかなえたいという魂の声を聞き分け、
その声に従ってみてください。


過去の残骸でできあがった魂を
クレンジングすることで、
高い波動(無限の知恵と聖なる調和)を
さらに受け入れられるようになります。


自分が知っている「自分」は、いわばひとつの
「仮面」です。その仮面の下には金塊が眠っています。
その金塊を見つけたいと想ってさえいれば、
いますぐ輝くことができます。



魂の再生が起こるのは一度だけとは限りません。


次回から、いよいよ
僕のアートクレンジングから進化させた
現在構築されつつあるソウルクレンジングについて、
触れていってみたいと思います。


お楽しみに!

人間が生きることそのものがエゴです。だから・・・・

※この記事は、2010年12月31日に、
メインブログ「人生を進化させるエネルギーの法則
にて公開したものです。






僕が、心理カウンセラーになる以前、
プロの美術作家として活動を始めた頃、

オランダ人画家のゴッホの歴史について
深く学んだことがあります。

彼は、30代になって画家に転身するまで、
もともと敬虔なクリスチャンであり、主に炭鉱町を訪問する宣教師でした。

しかし、彼の説く教えは、日々過酷な労働を強いられる炭鉱夫たちに
歓迎されるどころか、迷惑な存在として扱われていたのです。

その時のゴッホは、無償の愛を与えんとばかりに、
彼らの生活実態からは、説教の内容がほど遠いことに意識を向けることが
できませんでした。

過酷な肉体労働を送る炭鉱夫にとっては、ありがたいキリストの説教よりも、
その日をいかに生き延びるための糧を得ることに生一杯だったのです。


そして、ゴッホは、宣教師としての自分に大きな挫折感を味わいます。


ゴッホは、
「一体、どうすれば、人々を救済することができるのだろう・・・・。」
と真剣に思い悩んでいたことでしょう。

けれども、求めていない人達の前では、いい迷惑に過ぎなかったということです。

確かに、ゴッホにとって、心の救済に毎日を送ることは、
とても充実していたに違いありません。

でも、それは、ゴッホにとってであり、ゴッホだけが行いたいことに過ぎなかったのです。

そのときのゴッホには、まだ「分かって欲しい」という依存心が存在していました。


救済とは純然たる愛であると同時に、救済したいという見返りを求めない本人自身の
欲望でもあったわけです。



ゴッホが天才たる所以は、その後、
たったひとりで、毎日その瞬間を描ききる画家としての生活を始めたことです。

その画家としての生活は、孤独な祈りの日々であり、他者へ何も求めることのできない
孤独な日々であったことでしょう。


僕は、このときのゴッホは間違いなく完全に自然と一体化するという
悟りの境地に入っていたと思います。


そこに、宣教師時代のエゴはなく、万物に感謝できる開かれた意識に到達していたのです。


最後に、彼はピストルで自殺するのですが、
それは愛に包まれた自然死であることに間違いはありません。


しかし、それでも、死にたいという個人的な欲望=エゴが残っているのです。


仏教で自殺を良しとしない理由は、
そこに死にたいという欲望がわずかでも残ることによって、
カルマ=業を完全に燃焼できないままに死を迎えてしまうからです。


そして、そのカルマを再び誰かが背負うことになれば、
その意識波動は次元の上昇を向かえることなくそのまま背負わされた人に
存在することに繋がります。


つまり僕たちは、生きることにも自殺することにもエゴを伴っているわけです。


では、天寿をまっとうする生き方をどのようにして送ればよいのか?


そのためには、エゴを自分自身の感謝する心でもって
その瞬間々に解消していく毎日の生き方を選ぶことが大切です。


エゴを持ち合わせながらも、今ここに存在している瞬間に感謝してみませんか?

絶望ウエルカム



「だからどうなの?」

英語で言うと、
So what ?か



この言葉というのはそれ自体が
ポップアートの生みの親である
アンディウォーホールの哲学だ
(彼の伝記「ぼくの哲学」)


1960年代
ニューヨークの広告業界から、
そのキャリアをスタートさせた
現代アートの天才は、


自分がホモセクシュルであるのを
「世界はそんなもんだ」という絶望
を持って認め、許すことによって、
それを自らアートの源泉とした。



一方
オレはというと30代になって、
彼の様な歴史に残る世界レベルの
芸術家として名を残すのを誓って
アートサーキットに参戦した。


しかし人生をかけたこの挑戦は、
「広島ゆかりの画家」というオマケ
を頂戴したところで、
才能の枯渇という大きな絶望と共に
わずか5年程の活動で筆を置いた。



じつは
安定した大企業の職を投げ捨てて、
芸術に辿り着いたのには訳がある。


18歳まで絵の手解きを受けていたが
真の理由は20代はじめ頃に味わった
生きているのも辛い絶望体験だ。




いらい
人生は絶望を前提にすればいいこと
に気づいた。


絶望からスタートすれば、
あとは希望だけだから。


絶望と向き合いましょう
それしか人生を好転させる方法は
ないのですから。

(加筆訂正)「ヒーラーの実力の向上」と、「科学的な分析力の向上」は、「反比例する」

昨年12月、
「超0」について、
ある方からメッセージが入りました。

-----------
前略。 「超ゼロ」とは、「睡眠と覚醒の”境界”を示す、”ビジランス・ゼロ”の横線(=国際睡眠学会の公式用語)の意味と、”同じ”ではないのか?」という印象を持ちました。私の本(=脳の主人)に、「睡眠化・合成ベクトルと覚醒化・合成ベクトルの、両方の大きさが、”同じ”に成る」と、「第3の合成ベクトル(=自我・意識の大きさ)が、ゼロ」になり、「その後、”超能力”」が、「睡眠化・合成ベクトルと覚醒化・合成ベクトルの、両方の大きさが、”より、大きくなる”につれて、”超能力のレベル”も”上昇する”」という、「定量的な表記法」です。「図版がある」ので、「教育(=素人に対する説明)に便利ではないのか?」という印象を持ちました。「脳の主人」では、「合成ベクトルの元に成る、単位ベクトルの発生源について、説明できなかった」のですが、「光の手(=河出書房新社;バーバラ・アン・ブレナン女史の著作)」を読んで、「超能力者には、”神の光”(=太陽の光子よりも、粒子が小さい、という意味の名前)が、実際に観察できる」ことを知りました。しかも、「宇宙(=あの世)には、”神の光”が湧き出す”源泉”が存在する」ことが書いてあります。「これは、日本の超能力者である高橋真次(=故人)の、”霊太陽”と、同じ内容」です。そこで、「ファインマンの仮想実験(=単位ベクトルの理論)を、”光子”の”見える化”(=可視化)である」という具合に理解すると、「超能力のメカニズム、瞑想のメカニズム、・・など、”精神科学の統一理論”が、可能に成る」わけです。「バーバラさんの本には、超能力の理論がない」と書いてあったので、「私が、創り出した」というわけです。多分、「納得がいく」ような気がします。”実戦家”(?)として、研究して見たらどうですかね。
-----------


お返事については、
以前にメルマガでもお伝えしましたが、
http://archives.mag2.com/0001214510/20170112215530000.html





メッセージの差し出し主で、
『脳の主人』他多数の著者でもある東晃史氏とのメールやり取は、
現在も続いてます。




その内容が、
三島由紀夫と師の川端康成とで交わされた往復書簡のような感じ
になればなあ、という想いと、


いただいた文章のなかで解説されているように、

「客体」としての(西洋)現代科学から、
「超0」のような「主体」としての(東洋)科学を論理的に
パラダイムシフトさせるために、

この春にお住まいのある福岡で対談を行っていく予定です。





ところで、物理科学者である東氏は、

「ヒーラーの実力の向上」と、「科学的な分析力の向上」は、
「反比例する」

ということについて言及されてます。




このことについては、
私など直感型タイプにとってはよくわかるのですが、

実際のやりとりを読んでもらうことによって、
その理論背景を一般の方にも理解してもらえればという思いから、
全文を公開することにしました。




『東晃史博士と小林大三のやりとり』
http://daizo.hippy.jp/azumaletter.pdf




お読みいただいた感想や質問なども頂けると嬉しいです^^
https://www.tenrodk.com/お問い合わせ/

絶対にうまくいく方法

ブッダが言ったこの言葉。

「他人の過失を見るなかれ」



なんでだかわかりますか?




答えを先に言うと、

振動数さがるから!です。




斎藤一人さんの教えで頻出する考え方の一つに「振動数」
があります。



「あのね、人ってね

振動数あげて素敵な自分になればいいの

素敵な人になればいいの

素敵な人って価値があるんだよ

価値ある人間になったら、絶対にうまくいくんだよ」



振動数は波動と言ってもよく、
振動数が高い人の周りには自然とそれにふさわしいついてる出来事がおこります。




一人さんによると、
振動数をあげるコツは、少し大きな声を出したり、行動を早くすること。




具体的にどうやれば、あがるのか?
詳しく知りたい人は動画を見てみてください。

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